小説

『オシラサマ異聞』川音夜さり(『オシラサマの伝承』(東北地方))

 尾白様と御内儀は、この地の生まれではありません。二十年も前に、お二人は駆け落ちしたのです。ご覧になっての通り、尾白様は人ではありません。とある肝煎の家で飼われている白毛の馬でした。肝煎の娘はかの馬に魅せられ、年頃になると所帯を持つと言い出したのです。無論、父親である肝煎は激怒しました。なにゆえ畜生が人の娘と所帯を持つなどということが許されましょうか。肝煎は斧を用いて馬を殺そうとしました。娘は馬とともに父の元から逃げ出し、二度と戻らなかったのです。
 お二人がこの地に住むようになったのは十年ほど前からです。その間、お二人の間にどのようなことがあったのかは手前を含めて誰も知りません。娘は盲となり、馬は人の体を得て尾白と名乗るようになりました。尾白様は蚕を育てる才があったので、多くの人を使って生糸を取り、長者と称されるほどの富を得ました。のみならず近隣の村々にも教えを施し、蚕を育てることで糧を得られるようにしたのです。この辺りの者で尾白様と御内儀を悪くいう者はおりません。それまで食うにも困っていた人々が生きる術を得られたのは、他でもないお二人のお蔭ですから。

 
 壁一枚隔てた隣に異形の者がいるという事実が、弥次郎から冷静さを奪っていたが、奉公人の落ち着きぶりにだんだんと弥次郎も平常心を取り戻した。弥次郎は奉公人に問うた。

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