小説

『あの日、隠したものは』粟生深泥(『天の羽衣』)

『晴樹君、お手紙ありがとう。返事はいらないって書いてあったけど、落ち着かないからお返事を書きます。まず、晴樹君の気持ちにはこたえられません。ごめんなさい。晴樹君も気づいているみたいだけど、私には好きな人がいます』

 パサリと手紙が落ちる。手に力が入らなかった。
 そんなこと、そんなことって。
「ああっ、ああ……」
 ずっと、彩夏が晴樹に想いを寄せていたのだと思っていた。でも、それは逆だった。
 彩夏の手紙は晴樹への断りの返事だった。そんなことも知らずに、俺は晴樹と友人であり続けた。
 私には好きな人がいます――それが誰であるか考えるまでもなかった。
「ああ、ああっ!!」
 足から力が抜けてその場にへたり込む。立ち上がり方が分からない。
 手紙を隠したその行為の報いがいつか返ってくるかもしれないとは思っていた。けれど、そうしなければ彩夏が晴樹と付き合うことになっていたと思えば、そうするしかなかったと自分に言い聞かせるようにしていた。
 俺の行為は何も生まず、ただ報いだけを生み出した。

 いつの間にか、スマホに彩夏からのメッセージが入っていた。
 きっと別れを告げられるのだろうと思いながら、ぼんやりとする頭でアプリを開く。
『あの日、彰斗が勘違いしてるのに気づいて誘ったんだから、私も彰斗のことばっかり言えないのかも。それに、彰斗がやったこと、判断すべきなのは晴樹君だと思うから』
 そこで一度メッセージは途切れている。すぐに続きの部分が投稿される。
『だから、まずは晴樹君に謝りに行こう?』
 竦む足を叱咤してなんとか立ち上がる。晴樹はこんな俺を許してくれるだろうか。
 いや、許すと許さないとかそういうことではなくて。
 もし、晴樹とやり直せる可能性があるとすれば、それは隠し事を洗いざらしさらけ出し、また一から始めること。
 震える手で手紙を拾い、ふらつく体で玄関に向かう。ドアを開けると曇天の中にぽっかり穴が空いて青空が見える不思議な天気だった。
 深呼吸しても息苦しさは変わらずに、電話を手にすると重い息が口から洩れた。

「わるい、晴樹。お前に伝え忘れたことがあるんだ。またちょっと会えないか?」

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