小説

『あの日、隠したものは』粟生深泥(『天の羽衣』)

「だったら、彰斗。ちょっと付き合ってよ?」
「は?」
「晴樹君そのまま帰っちゃったし。私には気分転換が必要なの」
 彩夏がちらっと窓の外を見る。この辺りでは珍しい雪がいつの間にかハラハラと舞い落ちて来ていた。積もることはないだろうけど、もうしばらく降り続きそうだ。
「雪の街なんてきっと綺麗だよ。だから、ちょっと遊びに行こ?」
 俺の返事を聞くより先に彩夏は歩き出していて、俺は慌てて後を追う。
 途中でちらっと振り返った彩夏の笑顔は、胸の中に春と冬を同時に呼び込んだ。



 あの冬の日、腐れ縁だった彩夏と俺の距離はぐっと近づいて、幼馴染という関係が恋人に変わるまでさほど時間はかからなかった。
 いつものように一緒にいて、それが恋人になったからって何か変わるものではないと思ったけど、彩夏と付き合いだしてから嘘みたいに世界が明るくなった。だけど、その明るさはいつも心の片隅に残る後ろ暗さと表裏一体のものだった。
 大学に入ってからも光と闇が同居するような状態は相変わらずで。いつか憂いなく彩夏と向き合える日は来るのだろうか。
「よっ、彰斗。久しぶり」
 県外の大学に進学した晴樹と会うのは高校を卒業して以来だった。ゴールデンウィークに入って地元に帰ってくるという晴樹から連絡があり、高校の近くにあるファミレスで待ち合わせていた。
「元気そうだな、晴樹」
「それくらいしか取り柄もないしな」
 ニッと笑う晴樹に少し息が苦しくなる。あの日俺が鞄に隠した秘密のことを晴樹は知らない。だから、俺と彩夏が付き合いだしたときも晴樹は笑って祝福してくれた。
「彩夏とは順調?」
 だから今だって、コーラを飲みながら晴樹は笑顔を浮かべている。

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