小説

『あの日、隠したものは』粟生深泥(『天の羽衣』)

「おー、おはよ、彰斗。何してんの?」
 背後から聞こえてきたのは件の晴樹の声で、手に持っていた封筒を咄嗟に自分の鞄に押し込んでしまう。ヤバいと思ったけど、今更鞄から出して下駄箱に戻すわけにもいかない。様子を伺いながら振り返ると、晴樹はいつもと変わらずニコニコしていて、俺の動きに気づいてはいないようだった。
「いや、俺もちょうど今来たとこ」
 引きつる頬で無理やり笑ってみせる。鞄の中に入れてしまった封筒のことが気になって仕方ない。俺が何もしなければ、今頃晴樹は封筒を見つけ、人知れず笑みを浮かべていたのかもしれない。
「そっか。こんな寒いところにいないで早く行こうぜ」
 結局手紙を下駄箱に戻すタイミングなんて見つからないまま晴樹に促されて教室へと向かう。もう教室にいるだろう彩夏のことを思うと胃の辺りがギリリと握りしめられる感じがいた。
「ってか、彰斗、なんで鞄開けっ放しで登校してるんだ?」
「あっ、えっと。教科書忘れた気がしてちょっと確認してたんだ」
 入ってたよ、と急いで鞄の口を閉じる。
「ふーん。そういう時って大体忘れずに持ってきてるっての、あるあるだよな」
 無邪気に笑う彰斗の顔を見ると罪悪感が入り込んでくる。けれど心の片隅では安堵する自分が酷い顔で笑っていた。

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