小説

『あの日、隠したものは』粟生深泥(『天の羽衣』)

 いつものように晴樹が彩夏に話しかけたりすると手紙の件がバレてしまうんじゃないかってドキドキしていたけど、珍しく今日は二人が話すことはなかった。休み時間にこっそり手紙を戻しに行こうかとも思ったけど、手紙の内容によってはかえって矛盾を招いてしまうかもしれない。それだけではなくて、手紙を晴樹が読んでしまったら彩夏が遠くへ行ってしまいそうなのが、なおさら足取りを重くしていた。
 気がつけば手紙を鞄にひそめたまま放課後になってしまった。結局晴樹は彩夏に話しかける事無く教室を出ていった。珍しいこともあるんだなと思いながらホッと息をついていると、後ろから肩を軽くはたかれる。
「彰斗、今日の放課後ヒマ?」
 彩夏だった。晴樹へ送った手紙なんてなかったかのようにいつも通り――いつもより晴れ晴れとしているくらい――声をかけてくる。明るい声がグサリと胸の奥の方に入り込んでくる。
「どうしたの、彰斗? 変な顔」
 正面に回り込んだ彩夏が不思議そうな顔をして笑っている。
 なんで、そんな平気そうなんだ。晴樹に想いを伝えるために手紙を下駄箱に忍ばせたんじゃないのか。
「晴樹のことはいいのか?」
 思わず口をついていた。やってしまった。彩夏の不思議そうな顔は怪訝な表情へと変わる。
「なんのこと?」
 口の中が一気に渇く。俺の鞄の中に彩夏の手紙が入っていることがバレれば、晴樹とか関係なく俺たちの関係は終わるだろう。彩夏から少し視線を逸らして、必死に考えを巡らせる。
「いや、今朝、晴樹の下駄箱に手紙を入れてるの見えちゃって……」
 はっと彩夏が息を呑む。これ以上追及されるとボロを出してしまいそうで、表情に出さない様に必死に祈る。
 祈りが通じたのかはわからないけど、彩夏は少し考え込むようなそぶりをした後、ちらっと晴樹の席に視線を送った。そこに誰もいないことを確認すると、追及の代わりにイタズラっぽい笑みを浮かべる。

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