小説

『檸檬、その後』小川葵(『檸檬』(京都))

 私は炬燵から立ち上がり台所に歩いた。
「やっぱり描くのはやめた。つみ入れに絞ろう」
 檸檬を手にして妻の背中に言うと、妻はふり返って檸檬を私から取り上げた。檸檬はまな板の上で半分に切られた。
 檸檬の搾られたつみ入れの味は爽やかで、酒が進んだ。妻も満足げに箸を運んでいた。
「お前もどうだい?」
 私が徳利を差し出すと妻は首を振った。
「たぶん子供が出来ました」
「え?」
 私は思わず声をあげた。妻は休むことなく箸を運びながら言った。
「そうか……」
 私もつみ入れを箸で口に入れた。つみ入れは爽やかを通り越して、酸っぱかった。

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