小説

『エバーグリーン・ガール』久遠静(『櫻の樹の下には』)

「マキちゃん、今日は、どうしたの?」
 その弱々しい声は私の耳元に届くのでやっとであった。
 私は高校の時みたいにもっと先輩に甘えたかった。私を優しく包み込んでくれる先輩は、私にとって何ものにも変えることのできない存在であった。
 私は唇を強く噛み締めた。
「無理しないでね、いつでも、私が側にいるから」
 先輩は力のないその手で私の頬を優しく撫でた。
 先輩の手はとても冷たかった。私の熱と先輩の熱が混ざり合っていく。できることなら私の体温で先輩を温めてあげたかった。
「あのね、来年の春にある、公演のことなんだけどね」
 先輩はゆっくりと体を起こしながら話を続けた。
「マキちゃんに、ヒロインをお願いしようと思ってるの」
「え、私が先輩の代わりをやるんですか?」
「そう、多分しばらくは、こうして入院することになると思うの。稽古する時間は私にはとれないし、脚本を書くので今は精一杯なの。だからね、マキちゃん、これは私からのお願いなの」
 先輩の真っ直ぐに見つめるその眼差しは、私に訴えかけるようであった。
「でも、みんなは私の演技じゃなくて、先輩の演技を見たいと思うんです。私は先輩のようになることはできないと思います。それはもう高校の時から分かっていたことなんです。先輩は綺麗で、演技が上手くて、友達が多くて……。私にないものを全部持っているんです。先輩は私と違って桜のように誰からも好かれる存在なんです」

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