アヤは目を細めてにやりと笑っていた。別に隠すようなことではないけれど、なんだか少し恥ずかしかった。この大学で私の高校時代を知っている人は先輩しかいないと思っていたから。
私は道端に積もった雪を掴んでアヤに投げた。アヤも負けじと私に雪を投げた。
私たちはわんぱくな小学生のようにひとしきりはしゃぐと雪の上に並んで倒れた。
私とアヤは空を見上げながら白い息を吐いた。真っ白な世界に二人の息が溶け込んでゆく。雪の降る空はどこまでも続いているようで、私はちっぽけだった。
「桜みたいになれたらなぁ……」
私はそっと呟いた。
「桜?」
「そう、桜」
「どうして?」
「桜ってみんな好きでしょ。私ももっとみんなに好かれるような存在になれたらなぁって」
アヤは何かをしばらく考える様子で空を見上げ、そして口を開いた。
「でもさ、桜って春しか咲かないんだよ。もちろん満開の時期は人気者に見えるだろうけど、花びらが散ったら見向きもされないんじゃない? 本当はさ、桜って寂しいんじゃないかな」
アヤはそう言って起き上がると、ピンク色の傘をくるくると回しながら雪道を歩いていった。
その姿は、真っ白な世界に一輪の桜の花が咲いているようであった。
数日後、私は再び先輩がいる病室を訪ねた。ベッドに横たわる先輩は前回に会った時よりもさらに痩せ細っていた。まるで何かに生気を吸い取られているかのように。
先輩は私が来たことに気づくとにっこりと笑った。それはいつもと変わらない先輩の笑顔だった。本当に苦しいのは先輩のはずなのに、そんなことを微塵も感じさせない笑顔がそこにはあった。