「いいんだよ、ずっとここで暮らしても」
楓の誘いに滝沢は揺れた。でも無理だ。自分にはここで生きる術がない。
「サラリーマンだから、俺は」
甘かった。楓の言葉は甘い酒のように手放し難かった。
庭に小さな碧い灯が浮かんだ。
「……ほーほーほーたる来い。こっちの水はあーまいぞ」
楓が静かに歌った。螢はまとわりつくように光っては消えた。
*
退職を申し出ようと繋いだオンラインミーティングで、円山は滝沢に戻るように告げた。円山は初めから折りをみて滝沢を戻す気でいたらしい。
「辞めさせてください」
円山を遮るようにそう言うと、円山は厳しい顔で「逃げるのか」と吐き出した。
そう言われても辞めるつもりだった。会社を離れてできることなんて自分にはそうはない。それでもやっと、この溺れるような感覚から解放される方法が見つかったのだ。
「今のままだと同じことが起きるぞ」
円山は声を顰めた。
「お前がいる地区も近々開発の話が動く。会社の方針は変わらない。内側からじゃなければ変えられないこともある」