確かにそうかもしれないが予定調和のように選びとった人生において、あれほどの熱意が持てるのが滝沢には不思議だった。
「この町から輸出できるものが作りたいの」
「それが日本酒? 焼酎輸出すればいいんじゃないの?」
「焼酎もいいけど、日本酒なら割らないじゃない。注ぐだけで伝えたい味のまま楽しんでもらえるから」
……羨ましい。
滝沢は前だけを見ている楓が心底羨ましかった。自分はもうそんな強く太い命綱は手放してしまった。
甘かったあの酒の味と澄んだスダチの香りが、硬くなった自分の殻をひとつひとつ剥ぎ取っていく気がした。きっとそのせいだ。楓に自分がここに来た理由を訊ねられて、思わず吐き出してしまった。
その都市開発プロジェクトで、滝沢は現地住人との交渉を担当していた。
駅前は狭く、救急車両が通れるかも怪しかった。滝沢は街が新しくなることが住人の為になると信じていた。
生まれ変わった街に降り立ったとき、達成感が湧き、すぐに萎んでしまった。目の前には明るく元気だった老女の変わり果てた姿があった。
急激な環境の変化が認知症を引き起こしたのだ。
お前は悪くない。会社の人間は口を揃えて言った。だが心が許せなかった。少しでも環境が変わるリスクを知ろうとしただろうか。
楓はそっと滝沢の丸まった背中をさすった。
「すみません」
迷いながら、楓は滝沢に腕を伸ばし、滝沢の頭を包み込んだ。滝沢はもう一度詫びて、なすがままに頭を撫でられていた。
「この先の椎葉という落人伝説があるところが母の故郷なの」
言い聞かせるような囁き声が滝沢の耳を打った。
「落人討伐の命令で源氏の武将が来たけれど、その武将は落人を討たずに、平氏の姫と暮らしたの」
何を話そうとしているのか、滝沢はわからなかった。それでもただその心地よい声に身を委ねた。