酒を褒められて、彼女の表情がパッと明るくなった。
「ありがとう。でもごめんなさい。あれはお試しの分だから売れるものがなくて」
「いえ、ただ、伝えたかっただけです」
思春期の少年だろうか。それだけ伝えるのに、滝沢の心臓が一度強く脈打った。
「本当に?」
「はい。いつ商品化するんですか?」
話を繋ごうと何気なく滝沢が振った言葉に、楓の顔が曇った。
「わからないんです。まだ完成してないし、作るには……」
楓は言葉を濁したが、言わなくてもわかる。
おそらく資金難だ。さっきの銀行員もそれが理由で早めに債権を回収したいのだ。
「いつかできるのを楽しみにしてます」
滝沢はそれだけ言うと、足早に立ち去った。
*
パソコンでタイムカードを押す。
こっちに来てから滝沢はほとんど定時退社だ。かつては深夜まで勤務していたことが嘘のようなだと滝沢はぼんやりと思った。
今日のように家から出ることがなければ、滝沢は帰宅時間以外、東京に居た頃と生活は殆ど変わらない。人によってはネットさえ繋がればどこだって変わらないのだろう。直接会うような人はいなくなってしまったが。
インターホンが鳴った。