「ちょっと!」
追いかけようとしていた楓は滝沢に気づき、怪訝な顔をした。
「昨日はどうも。日本酒、美味しかったです」
楓はそれで気づいたようだった。
「ああ……役場にいた」
「滝沢と言います。あの、さっきのは……」
楓はたいしたことないかのように笑った。
「付き合いが長い銀行さん。今の御時世、苦しいのもわかるけれど、急に返して欲しいって言われてもね」
「大丈夫なんですか」
「ないものは返せないしね」
気にするつもりもないそぶりで楓は言った。
「そんな大事なときに、何笑ってるんですか」
「泣いたらどうにかなる?」
楓は畳み掛けるように叫んだ。
ジッと睨むような顔を向けられ、滝沢は自分の汚さに腹がたった。
これは楓を心配してのことじゃない。自分が彼女のように笑って奮い立つほどの強さを持ち合わせていないことを許せないだけだ。
「……よく知りもしないですみません」
楓は目を伏せた。
「何か御用ですか。役場の人に東京の人だと聞いたけれど」
そんなことまで瞬時に筒抜けるのは田舎の情報網は恐ろしい。
「酒……美味かったので」
いや、これは口実だ。本当は彼女に会いたかったのだ。何かに挑もうと誰かの目など気にしないで叫ぶ力がある彼女に、もう一度、会って見たかった。