少しして、雪さんが、ダイニングに入ってくる。
「もっちゃん、雪が降ってきた……って、なんでニヤニヤしてるの?」
首を傾げる彼女に、俺は穏やかに告げた。
「雪男の話を思い出してたんだ」
十三年前。
俺は幼い結月を抱いたまま雪さんのことを探した。
雪さんは、公園のベンチに座っていた。
「そんな所にいたのか……」
声をかける。雪さんが顔をあげる。
「雪の中に結月を連れ出すなんて風邪引いたらどうするのよ」
「でも、雪さんが消えてしまいそうで怖かったんだ」
「二人を残して消える訳ないでしょ」
その目は腫れていた。
「泣いてたの?」
尋ねると、雪さんは顔を隠した。
「泣く訳ないでしょ。誰かさんが幸せにするって約束してくれたから、いつだって私は笑ってるよ。もう雪女にはなりたくないしね」
思えば雪さんの泣き顔を一度も見たことがない。彼女は、俺の約束を維持する為に、常に幸せな姿であり続けようとしていたのだ。
それにもかかわらず、俺は裏切った。軽率なことをしたのは俺だ。
「雪さんは雪女なんかじゃないよ。凍てつかせたのは俺のほうだ。そう、俺が雪女、いや、俺は雪男だ……」
そう言うと、雪さんは笑った。
「雪男?」
「無理して笑わないで良いよ」
「違うよ。雪男って、毛むくじゃらの生き物じゃなかった?」
「あ、あれ? そういえばそうだね」
「毛むくじゃらなら温かそう」
俺も一緒に笑った。
「本当に温かいか、俺が、何年、何十年かけて、証明するよ」
「うん。期待してるね……」
いつしか雪はやみ、空には月が浮かんでいた。