小説

『凍てつかせたのは雪男』五条紀夫(『雪女』)

 そして食事を終えた時、食卓に何枚ものチラシを広げた。
「不動産屋で物件情報を貰ってきたんだ」
「そっか……もっちゃん、いよいよ自立するんだね……」
「違うよ。ここは二人で暮らすには狭いだろ」
 だから広い所へ引っ越そう。これからも一緒にいよう。そういう気持ちを、遠回しに伝えたつもりだった。
 ところが、雪さんは視線を落とし、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「いつまでも二人でいる訳にはいかないよね」
 その言葉を聞いて、自分一人だけが舞い上がっていたと気付いた。
「ごめん。俺のこと好きじゃなかったのか……」
「そんなことないよ。もっちゃんのこと大好き」
「じゃあ、ずっと一緒にいようよ。雪さん、俺と……」
 そこまで言った時、雪さんが強い口調で言葉を遮った。
「私、妊娠してるの」
 唾を飲み込んでから、たどたどしく言う。
「え、あ、まあ、そういうこともあるか。ちょっと驚いたけど、めでたいことだし、なおさら俺達は一緒にいないと」
「もっちゃんの子供じゃないよ」
「え……」
 理解が追い付かず言葉に詰まる。静けさが漂う。
 しばらくして、その静寂を埋めるように、雪さんは語り始めた。
「判明したばかりだけど時期的に前の彼氏との子供だよ。甲斐性なしのダメ男でさ、二ヶ月前までここで面倒を看てあげてたの。彼の生活態度に口出ししないよう努めてたけど、雰囲気で伝わっちゃってたのかな、逃げられちゃった……あの雪の日、私は自暴自棄になっていて、それで、もっちゃんを拾ったの……」
「そんな、人を捨て犬みたいに言わないでくれよ」
 気丈に振舞おうと軽口を叩いてみたが、表情を緩めることはできなかった。
 すると、雪さんが俺の頬を撫でた。

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