小説

『凍てつかせたのは雪男』五条紀夫(『雪女』)

「雪女がどんな物語かって? それは……ある男が、吹雪の中で雪女に出会うんだ。雪女は人を凍らせて殺す妖怪だ。ところが、その雪女は男のことを気に入って殺さなかった。ただし一つの約束を提示した。このことを誰にも言ってはなりません。もし言ったら殺します、ってね。その後、男は美しい妻をめとって子をもうけた。数年経ったある日、かつてと同じような吹雪の晩、男は雪女のことを思い出して妻にその話をしてしまう。すると妻は言った。その雪女は私です。約束を違えば殺すと言いましたよね。でも、子供の為に生かしておきます。そうして妻は、雪女は、男の前から消えてしまった……」

 
 共働きの為、娘の結月は、一歳になる前から保育園に預けることにした。
 出勤時間の遅い雪さんが送り届け、帰りの早い俺が迎えに行く。そういう習慣が自然と定着していた。しかし、その日は大雪で予定が狂った。
 出勤してから急遽休みが決まり、俺は早々に帰宅することとなった。まだ早朝だ。急げば雪さんが外出するより先に家に着く。
 ところが、自宅に着くと、既に雪さんはいなかった。
 雪の中、俺は保育園に向かいがてら彼女の姿を探した。そして、見つけてしまった。雪さんは、駅前のカフェに見知らぬ男と一緒にいたのだった。
 日が暮れて、結月が眠りに就いた頃、雪さんは帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり。今日さ、雪で仕事が休みになったんだ」
「そうなんだ? 疲れを癒すことはできた?」
 雪さんの様子はいつも通りだ。いつもと同じように穏やかに笑っている。
 そんな彼女に、俺は真剣な面持ちを向けた。
「朝、雪さんを見たよ。一緒にいた男の人は誰?」
 すると雪さんは視線を逸らした。
「見つかっちゃったのか……実は最近、昔の彼から、しつこくお金の無心があって、それで、きっぱりと断りに行ったの……」
 嘘をつくならば別の言い訳をしたはずだ。つまり雪さんは本当のことを言っている。それは察せられたが、俺は我慢ができずに声を荒げた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9