小説

『勧酒』センダギギョウ(『幸福が遠すぎたら』寺山修司)

 写真が一枚、私の手元にある。まだ若いYシャツとネクタイを着崩した神田さんと、若い女生徒との写真だ。その学校の関係者でなくとも、ひやりとする写真だった。
 私の会社には、昔から続いている写真週刊誌があった。時に記事の内容が下世話に過ぎると批判されることも多い週刊誌だ。私自身は直接関わりはないのだが、私の会社の名前を聞くと大抵の人はその週刊誌を想起するようで必ず話題に上った。ついて回るそのイメージは、時に煩わしく、時に誇らしく、時には気恥ずかしくもあった。
 当然、神田さんもそれを知っていた筈で、それがために私に話をし始めたのだとようやく知ったのは、神田さんが入院をしたとオーナーから聞いた夜だった。私は自社に戻ってバックナンバーや資料を調べてみた。
25年前、写真週刊誌報道がきっかけで、ある高校教師と女生徒の道ならぬ恋が世間を騒がせた事があった。ちょうどその時放送されていた似た境遇のドラマと相まって、当時相当話題になった。その騒動のきっかけとなった写真週刊誌が私の社のものだったのだ。当然、私が入社するずっと前の話だ。
 その頃の週刊誌報道はたしかに乱暴で、面白い話であれば一般人だろうがお構いなしに写真を載せた。その高校教師はある卒業を控えた女生徒と駆け落ちまがいのことをして、一ヶ月ほど姿をくらませて、最後には修善寺の民宿でふたりでいたところを警察に逮捕されるという結末を辿った。
 一葉の写真は、その時のものだ。どういう経緯でこの写真が社に残されていたのかは、今となっては知る由もなかった。ただ、あまりにも微に入り細をうがつような追跡記事は取材者と神田さんとのただならぬ関係性を伺わせてあまりあった。
 神田さんが店に来なくなったので、その後の話の続きは聞けなくなった。神田さんがなにを伝えようとしていたのかは、分からないままになった。

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