文化祭が大成功で終わると、私達は受験に向けて一気にスイッチを切り替えた。ミキちゃんとの約束通り、一緒に勉強するためにミキちゃんの家にお邪魔する。初めて入るミキちゃんの部屋。私は勉強机の本立ての一角に飾られたマグカップに釘付けになった。
コジローのマグカップ――。
私がお母さんに買ってもらったものと同じものだった。
隣にコジローの小さなぬいぐるみと造花が置いてあって、大切にしているのが明らかだった。机の一角に釘付けになっている私に気付き、ミキちゃんがマグカップを手に取った。
「コジローって知ってる? 幼稚だと思われちゃうと恥ずかしいけど、あたし大好きなの。それにこれお母さんの形見なの。百貨店のイベントで買ってもらったんだけど、私の名前が入っているんだ」
マグカップを受け取り、マジマジと見た。ミキちゃんの名前が書かれた飲み口の周辺は少し欠けていたけど、ローマ字でMlKlと読めた。ただ、最後のlの下側がほんの微かに右に曲がっているように見えなくもない。少し鼓動が速くなる。
「津波でお母さんが流されて亡くなったって言ったでしょ。捜索の途中でお父さんが見つけてくれたの。私の宝物のマグカップ。お母さんに買ってもらって、名前まで付いてて。お母さんとの思い出の品で残ったのはこれだけ」
マグカップを愛おしそうに見つめながら、ミクちゃんが訊いた。
「ミクちゃんもお母さんの形見とかある?」
ミキちゃんも私のお母さんが、震災の半年前に病気で亡くなったことを知っていた。
「うん。私は御守」
「へー」
「竜の形をした珍しい御守。お母さん辰年だから。亡くなる一週間前、病院で私にくれたの。きっと、もう長くないって思ったんだと思う……」
「……そうか」
チクチクチク。壁にかけられた時計の針の音が聞こえた。
少しして、ミキちゃんが沈黙を破った。
「このマグカップ、もしかしてミクちゃんの?」
「えっ……」
「最後のl。もしかしてUじゃないかと思ってるの。お父さんが折角探してきてくれたし、お母さんの形見って信じたいけど、ローマ字を勉強してからずっと私のものじゃなくてミクって人のものじゃないかって。ミクちゃんと友達になってから、いつか聞かないといけないって思ってたの。ミクちゃんのなら、ちゃんと返さないといけない……」