小説

『ジャック・アマノ』中西楽峰(『天邪鬼伝説』(広島))

 「塩田」
 俺はつぶやいた。
 「なんですか」
 「いや、その」
 困惑したような村人の面々を見渡して俺は言った。
 「塩田にしてはどうでしょう。ここを。つまり、塩を造る。塩害に悩まされることもなく、不作や不漁に悩まされることもないわけです」

塩田というのは何種類かあるらしい。海水から塩を作るという小学6年生の自由研究で俺は初めて知った。その時まで俺は、塩なんて海水を煮詰めたらできるんだろと思っていた。でもこれが大変らしい。日本は外国と違って、塩田に海水を放っておけば塩ができるような環境ではないそうだ。そして海水を大量に煮詰めたところで塩はほんのわずかにしか手に入らない。そりゃそうだ、海水の塩分濃度はたったの3%なんだから。だから、できるだけ濃い海水を煮詰める必要が出てくるわけだ。瀬戸内でやっていた入浜式の塩田では、まず遠浅の浜へ堤防を造る。満潮時に海水を浜へ導き入れ、塩田には砂をまいておく。すると塩が砂に付く。その塩付きの砂に海水をかけると、ものすごく濃い海水と砂の出来上がりだ。砂は沈殿するから、濃い海水だけを取り出せる。これを煮詰めてやっと塩が出来上がる。

湯蓋道空は元々貧しい漁師だったが、人一倍の働きぶりに豊漁が重なり、大富豪となった人物だ。長らく病床にあるということだが、この辺りでその名を知らない者はいない。しかし塩田の建設と投資に同意してほしいという住民の訴えに、道空様は渋い顔をして言った。
「塩田とな。それは莫大な事前の投資と労力を必要とする危険な賭け。わしの全財産でも賄えるかどうか。今まで通り漁に出て行けばよい。不漁や不作に煩わされることもあるだろう。良い時も悪い時もある。それが世の常、嘆いてみたところで仕方のないことじゃ」
それに、わしももう長くないと道空様は付け加えた。
ジャックは唇をかんでこれをきいていたが、おもむろに口を開いた。
「しかし、私はこう思うのです」
長い息をつくと、こう続けた。

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