小説

『ジャック・アマノ』中西楽峰(『天邪鬼伝説』(広島))

「人生はその終わりに瞬間まで自分で切り開いていくもの。動かなければ、何も始まりません。父上の言う通り、人生には良い時もあれば、全く思い通りにいかない時もあるのでしょう。」
ただ私は思うのです、とジャックは続けた。
「今までと何一つ行動を変えないで、現状が変わらない、何をやってもうまくいかないと言う者はたくさんいます。でもそれは当たり前ではありませんか。何か一つでも違う一歩を踏み出したのか、七度倒れたなら八回立ち上がって今までと違う道を探したのかと、私は問いたい」
ジャックは床の間の掛け軸に目を移した。
願乗長風破萬里巨浪
「願わくば長風に乗じ万里の巨浪を破らん。遥かな風に乗り、万里もの巨大な波を突き抜けて進みたい。南宋の宋愨(そうかく)の言葉。父上の座右の銘ではありませんか。妙な事をすると非難する者もいるでしょう。それでも私は波風を立てぬよう生きるのではなく、自ら風を巻き起こして波に乗り突き進んでいきたいのです」
道空殿は真剣にジャックの話を聞いていたが、笑って言った。
「知っているか、その続き。宋愨のおじ上は『おまえは金があれば良いが、そうでなかったら無茶して家が破滅してしまうだろうな』と答えたらしいぞ」

翌日、道空殿の容体は急変した。最後にどうしても海を見たいとの願いで、俺たちは津久根島の近くまで小舟を漕ぎ出した。
小舟の上からきらめく海を眺めながら、道空殿は言った。
「私が死んだら、この島に埋めてほしい。いい島じゃないか。誰にも邪魔されず、お前の塩田に、穏やかな海しか見るものはない。わしの財を使ってここに塩田を作ってみよ。ずっと見ていてやる。ずっとな」
ジャックは一瞬、声を詰まらせた。
「そんなバカげた遺言、冗談だと思われますよ」
そしてため息をついて俺に言った。
「後世にはこう伝わるんだろうよ。道空殿は塩田を開き、皆は豊かに幸せになりました。バカ息子は父を津久根島に埋めてしまいましたとさ、って」
俺は首を傾げた。

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