小説

『ジャック・アマノ』中西楽峰(『天邪鬼伝説』(広島))

 「旅の僧が来ているというから来てみれば。とんだ食わせものだな。俺は湯蓋道裕」
 俺が驚いているのを見て笑って言った。
 「俺の顔が珍しいか。実父がイエズス会の宣教師だったんだ。日本人の母との間に俺は生まれたが、宣教師が子連れで帰国できるわけもなく、母亡きあと父は幼い俺をこの辺りの有力者、湯蓋様に預けゴアへ旅立った。以後、湯蓋様の養子として屋敷に置いていただいている」
 この時代って鎖国していないのか。出島だけは外国と取引をしていたんだっけか。俺は社会科の催眠術師の授業をほとんど聞いていなかったから、そのへんの知識が曖昧だ。
 「あやつ、童の頃から会うたびに何でもかんでも『どうゆうの』と聞いてくるんじゃ。ゆえに道裕と呼ばれておる」
 「ああ、俺は昔カスティーリャ語と英語しか話せなかったんだ。 “Do you know~?”は『どうゆうの?』と聞こえたと見え、かろうじて通じた。そうしていろんなことを聞いて回るうち、いつしか道裕と呼ばれるようになった」
 そんなアホな。
 「本当の名はジャックだ」
 「…初めまして。天野雄大です」
 「Nice to meet you too.ははは。あまのゆうだい。Amano, you die.うん。いっぺん死んでくるか?ってくらいひどい英語だった。覚えやすい名だな。あはは」

 翌朝、あたりの田畑はめちゃくちゃになっていた。
 「天野様。この辺りはいつもこうです。今までの努力が水の泡だ。正直、嫌になります。こうやって、もがくように生きていくのは」
 昨日のおじさんは打ちひしがれている。すっかり坊さんが板についた俺は言った。
 「稲の事は残念でした。でも、嘆いてももう過去には戻れません。みんなが前を向いて生きていけるように策を練りましょう」
 ここは海に近く嵐の害を受けやすい。稲作も漁も同じだ。要は嵐の害を受けないもので生計を立てればいいのだ。そこで子どもの頃遊んでいた公園を思い出した。あれはもしかしたらこの辺じゃなかったか。公園の隣に何かあった。汚いドブのような空き地だ。所々に水路や水たまりがあって無駄に広かった。こんなドブをなぜ残しておくのか不思議だった。看板があったっけ。確か…何かの跡地…

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