小説

『玉がない!』K・G(『狐の玉』(福井県南部))

「狸さんの言う通り、おっかさんじゃと名乗って洗濯物を取りに行く振りをして、葛籠の中を調べたらあったぞ。小僧は賢いようだが隠すのが下手じゃ」
「ほうほう。そりゃよかった。でもお気を付けなすった方が良いですよ」
 子狐から化けの皮を返してもらいながら、狸は言った。
「人間というのは欲深いですからな。また取り返しに来るかもしれない」
「てやんでぇ。その時はおいかえしてやらぁ、じゃ」
 江戸の言葉を真似した子狐に、狸は勇ましいと笑った。そしてそのまま家に帰っていく。親狐は狸に礼を言って、子狐の頭に拳骨をお見舞いする。
「狸に失礼をしやがって。狐の面子ってもんがある。もっと上品にしねぇか」
「とーちゃんには言われたかないよ」
 なにっと親狐が怒ると、わぁと子狐は家の中に逃げ込んだ。溜息を吐く。無事に帰ったからいいものの、やはり子狐の無鉄砲さは心配だった。そして狸の言葉も気掛かりだ。人間が取り返しに来るかもしれない。
 ――そのときゃ……。
 猫の振りでもするかと、親狐は狐の風上にも置けないことを考えた。
 数日が経った。何事もなく日が過ぎたので親狐も安心しだし、子狐もすっかり件のことなど忘れていた。日々、化ける練習なんぞに明け暮れている。朝刊にも碌な事が書いておらず、唯一目を引いたのは稲荷大明神に盗みが入ったという記事だった。
 稲荷大明神といえば狐の元締めであった。人間に神として崇め奉られ、狐の世界でもその強大な力でもって治安を守っていた。不届きな奴もいたものである。と親狐は朝刊を床に放り投げる。
「おい。狐はおるか」
 と、偉そうな声が聞こえてきたのは、朝早くの事だった。はて、何者かと顔を覗かせると、そこには先日町内会会長になったアナグマがいた。
「なんだ。アナグマか」
「なんだとはなんだ。おい狐。お前何かやらかしたのか」
「なに? 儂が何だってんだい」
 アナグマに馬鹿にされるのは我慢ならないと、巣から身体を出す。狐の方が一回り大きい。しかしアナグマは怯まなかった。狸と似ているくせして狸のような温厚そうな顔ではない。鼻づらが細長いのも気に食わなかった。
「さっき、稲荷大明神の使いだという方がいらしたぞ」
「なに、稲荷様」

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