小説

『おそろしい人』斉藤高谷(『五重塔』(東京))

 聞き覚えのある声は、十村さんのものだった。
 よく見ると彼は、単に伏せっているのではなく、手脚がちぐはぐに曲がっていた。
「落ちたんですか?」
 頷く気配。
「落とされたんですか?」
 今度は動かなかった。
 わたし一人ではどうにもならないので、警備室へ行って救急車を呼んでもらった。わたしが病院まで付き添い、連絡を入れた源さんが来るまで待つことになった。十村さんは鼻と左腕と右足の骨を折っていた。
 三十分ほどして源さんがやって来た。隣、というよりその陰に隠れるようにして、清田さんの姿もあった。彼女は、普段はしていない眼鏡を掛けていた。
 わたしは二人に後を任せ、家に帰った。
 翌日、わたしは忘れ物を思い出して部室へ向かった。撮影はないだろうと誰もが思っていたし、わたしも同感だった。だから、部室の戸を開けた時、そこに包帯グルグル巻きの人物を見た時には悲鳴を上げそうになった。
「皆さんを集めてください」包帯の隙間から、十村さんのボソボソ声が聞こえた。「撮影を始めます」
 集まってきたメンバーたちは、皆一様にギョッとしていた。特に清田さんに至っては、蒼白い顔で泣き出しそうになっていた。
 けれど、誰も何も言わなかった。「大丈夫?」と心配する声も、何も。
 わたしたちは、ただ粛々と映画を撮り始めた。

 照明と拍手で、舞台の上からは何も見えず、何も聞こえなかった。一番端とはいえ一丁前に緊張していた身としては、その方が都合がよかった。
 トロフィーは源さんが受け取った。そういう話になっていたのだろう。十村さんも壇上に居ることには居たけど、身じろぎ一つしなかった。源さんが喜びを述べると、また盛大な拍手が起きた。

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