頑張ってるじゃん、と仁美がチューハイを差し出してきた。乾杯、と二人で缶を合わせる。
「あの頃さ、ずっと散歩つきあってくれて、ありがとね」
仁美はサングラスを外すと、にこりと笑いかけてきた。照れ隠しに顔をそらし、海を見た。オレンジ色の太陽が、水平線に半分隠れている。その上を、二羽のかもめが右から左へとじわじわ飛んでいく。
「明け方ってさ、ネタの宝庫だな。ほら、電柱に寝転んでるおっさんの寝言とか、店の前でケンカしてるパン屋夫婦のボケとツッコミとか」
「ほんとだね。一人で歩いてた時は、なんにも思わなかったな。人の裏側って面白いね」
仁美が砂をはらって立ち上がり、パラソルの外に出た。黒髪をなびかせる彼女の横顔に、悠次郎は愛おし気に微笑んだ。