子は母をけっして恨んでなどいない。母の思いはちゃんと伝わっている。
だからこそ伝説が今に伝わっているのだ。母は愛児が狐の子だと悟られぬよう身を引いた。けれど、子は自らの母が狐であることを隠そうとはしなかった。
なんだか胸が詰まる。
私はばかだから。愛とかよく分からない。けど、亜紀のことは大好きで特別な存在だ。彼女が産む子のことも、本当の親のようにできるかは分からないけれど、きっと大切にする。もしもいつか亜紀がどこかの男性と結婚すると言ったら、私はあっさり身を引くだろう。けれど、それもまた私なりの愛し方なのだ。彼女に対して、我が子に対して。
神社を出ると日が傾いて、涼しい風が吹く。帰ろう、亜紀が待っている。
「にゃあ」
野良猫が鳴く。路傍からくりくりした瞳でじっとこちらを見上げている。ごめんね、食べ物なにも持っていないの。そう言いながら立ち止まると、猫が足元に擦り寄る。手を伸ばしても逃げない。そっと撫でてやる。ごろごろと目を細める。しっかりした肉体の厚み、命の温かさが手に伝わってきた。