小説

『花咲兄さん』横山晴香(『はなさかじいさん』)

 私は起きてすぐに、妻にその夢を伝えた。
「シロ、元気そうだった?」
妻は柔らかい笑顔でそう訊いてきた。
「うん、何だか体も大きくなってた気がするよ」
「こっちを心配してくれてるのかな。立派になって」
私は、妻と相談した末、「シロの意向」であるから、オーダーメイドのつげ櫛を作ってもらえるところを探して、ソヨゴの木から櫛を作った。
 妻を見ていると、ソヨゴの櫛は使い心地もよさそうだった。私も一度貸してもらったが、使った後は何だか指通りがよく、さらさらとした髪になっている気がした。
「くせっ毛もストレートになっちゃうかも」
と笑って妻は言った。
 それで、妻は長い間櫛を愛用していた。
 しかし、ある時何かにつっかえて、歯が欠けてしまったらしかった。彼女は私に欠けた櫛を見せて問うてきた。
「やっぱり、縁起悪いよね」
「でもシロの櫛だしなあ」
 私も妻も、シロの形見であるから、捨てることもできず、どうしようか悩みながら眠りについた。

 その日の晩、妻の夢にシロが現れたそうである。
 シロは、櫛を燃やすように妻に云った。そして、その灰を、庭の片隅に植えてあった大きな枯れ木に撒いてほしいと加えたそうだった。
 私はそれを妻から聞いて、顔を見合わせた。
 不思議に思いながらも、欠けた櫛はやはりどうしようもないので、夢に出てきたシロに従うことにした。
 私たちはバーベキューコンロを持ち出してきて、櫛を焼いた。
 櫛は小さな炭になった。さらに焼くと灰になった。
 妙な思いで燃える木片を観察していた私は妻を見たが、彼女も複雑な表情をしていた。
 これはシロの願いではなく、自分たちが勝手に見た夢ではないのか。私は終ぞそう言うことができなかった。
 私は妻と共に、その灰を枯れ木の下に撒いた。片方の手のひらに収まるほどの小さな灰は、土をささやかに彩って、残っていた。
 そしてその日の夜……またシロが夢に出てきた。
 後で聞いたところ、不思議なことに、妻も同じ夢を見たそうである。
 私は気が付いたら花で満ち溢れた草原に佇んでいて、シロは少し遠くの方でこちらを見つめていた。その姿はもう子犬ではなく、しっかりとした体躯の成犬となっていた。
 風にまかせて揺れる白い毛並みが、シロの心の落ち着きを雄弁に物語っているようだった。
 シロは、自分を忘れないでいてくれてありがとう、と云った。
 そして背を向けると、光の方に駆けて行った。私はその姿をいつまでも見つめていた。

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