「はい?」
男はサングラスを少しだけずらして僕を見て、にやりと笑った。
「恩返しでしょ?」
「あ……はい」
「やっぱり!」
サングラスの男はボストンバッグを開けて、ワイヤーのついた丸形の金具を取り出した。
「網とかトラバサミとか色々試してみたんだけど、これが一番、成功率が高いよ」
見たところ狩猟で使う罠のようだ。男を囲んでいる他の連中が、薄ら笑いを浮かべている。
「やっぱり皆さん、考えることは同じですよね」
「まったく意外なところに金のなる木があったものですなぁ」
嫌な予感がして、僕はサングラスの男に向き直った。
「それを使ってどうするつもりなんです?」
男は一瞬きょとんとしてから、鼻で笑った。
「分かるでしょ? 鶴を罠にかけて、その後すぐに助けるんだよ。金儲けは効率よくやらなきゃ」
罠にかかって悲痛な鳴き声を上げている鶴の姿が、脳裏に浮かんだ。胸が押しつぶされそうになった。邪な考えでここまで来てしまった自分を恥じた。まったく欲望というやつは恐ろしい。
「その罠、もう仕掛けたんですか?」
「いくつかね。あっちの方と……それからあっちにも」
僕は知美の手を引いて、歩き出した。
「あっ、抜け駆けはダメですよ!」
僕は制止する男たちの声を無視して、歩き続けた。
罠はあぜ道にいくつか設置されていた。穴を掘った形跡があるので、見てすぐに分かった。僕は知美と協力して穴を掘り返し、罠を取り除いていった。
「すべて撤去するのは無理かもしれないけど、何羽かは助かるよな」
「バカ正直だね、健二は。ま、そういうところが好きなんだけど」
「バカ正直か……」
「あ、健二……見て」
知美が泥だらけになった手で、水田の反対側を指さす。そこに一羽の鶴がいた。微動だにせず、こちらをじっと見ている。
「きれいだね……」
「うん……」
しばらく見つめ合う状態が続いた後、鶴は羽を大きく広げて飛び立った。知美がため息をついて鶴を見上げる。
「あ~あ。二十万円が……」
鶴はゆっくりと羽ばたきながら、山の向こうへ消えていった。あの鶴が僕たちを見つめながら何を思っていたのか、それは分からない。
それから数ヶ月が過ぎて――。
知美が名字を変えて「丹波知美」になってからも、部屋のチャイムが鳴ることはなかった。いや、実際には何度も鳴ったのだけれど、そのほとんどは新聞の勧誘か、いつものように知美がオクで競り落とした洋服や、中古の家具の宅配であった。やはり恩返しは一度きりでおしまいのようだ。
「ねえ、健二。そこに座って」