「前々からツルは少し世間知らずなところがあると思っていたが、まさか桜も知らないとは驚いたなぁ」
「そんなにもおかしなことでしょうか」
「おかしなことさ。この国の者なら、誰もが愛する花だからね。ツルは肌も白いし、もしかしたらよその国からやってきたのかもしれないね。あぁ、でも、その墨色の大きな瞳と立派な眉は、私とおそろいだね」
私は、うれしかった。主がほめてくれた墨色の大きな瞳と立派な眉は、私が主を一目見たときに忘れられなかった、惚れ込んだ顔立ちだったから。人間の姿を借りるとき、真っ先に脳裏に浮かんだのは、立派な眉をハの字に下げて大きな瞳を細めて笑う、主の優しい笑顔だった。
「……もしも旦那様の目に映る私が仮の姿だとしたら、本当の姿の私も愛してくださいますか?」
「ははっ今日のツルは本当におかしなことばかり言うね。お前がどんなに醜い姿になろうと、違う顔になろうと、私はお前を探し出して迎えに行くよ」
「では、例えば、ツルが……」
「ツルが?」
「……いえ、そのように言っていただけて、ツルは幸せ者でございます。私も旦那様がどこへ行こうと、再び見つけ出して会いに伺います」
『例えば、ツルが、人間ではなく、鶴だったとしてもですか』
か細い声で放った言葉は最後まで紡がれることなく、私の胸の中で音もなく響いて、消え失せた。
***
「ツル、着いたよ」
「これは……」
山道を登りきって視界が開けると、目の前には一本の巨木が立っていた。樹齢八百年は超えているであろうか。いや、もしかしたら千年以上経っているのかもしれない。それほどに立派で、堂々と、雪の中にそびえ立っている。葉も実も何もない、丸裸の姿。それなのに、寒々とした銀鼠色の空の下、まるで光を放っているかのように神々しく、とてつもない生命力が感じられ、私は思わず感嘆の声を上げた。