小説

『花が咲きますように』霜月透子(『花咲かじいさん』)

「サチ、僕はずっと友達だと思っていた。友達として接していた。もっと早く言わなければいけなかったのかもしれない」
「そうよ。言わなきゃわからないよ」
 どこかで許されると思っていたのだろう。追い打ちをかけられて、僕は防衛本能から反論してしまった。
「でもサチも同じじゃないか。サチがどう思っているかなんて言わなかったじゃないか」
「言わなくてもわかるでしょ。わかってよ」
 サチが勢いよく抱きついた瞬間、腹部に激痛が走った。痛みを感じた僕ではなく、サチの方が長い悲鳴を上げて離れていく。サチの手から血塗れの包丁が落ちた。
「どうしよう、違うの。こんなことするつもりはなかったの。あ、救急車。今、救急車を呼ぶから。待って、シロくん。どこ行くの。動いちゃだめ。シロくんっ!」
 返事をする力も惜しかった。僕は無言で家を出た。
 直感的に時間がない気がした。

 
 ドォーンと轟音が腹に響き、空が明るくなった。花火の打ち上げが始まったようだ。
 ハナは先に来ていた。
「お待たせ。遅れてごめん」
「ううん、大丈夫。あのね、誰も知らないとっておきの場所があるの。ある人から教えてもらった大切な場所なんだ」
「そんなところ、僕に教えちゃっていいの?」
 花火を見に行く人の流れから離れ、小さな丘に登った。一歩踏みしめるごとに痛みが広がり、花火の打ち上げの音がするたびに腹の内から殴られるみたいだった。
 数分で上りきれる頂上は、昼間でも訪れる人がないささやかな展望台で、朽ちかけたベンチがひとつ、ぽつんとあるだけだ。
 周囲には、十年前にはなかった胸の高さまでの柵が張り巡らされているのを確認して、僕は安心した。
 並んでベンチに腰かけると、ハナが話し始めた。
「高校の時ね、好きな人と花火を見に行くはずだったの。その人がとびきりの場所に連れて行ってくれるって。その頃から私、視力が落ちてきてたんだけど、心配させるのがいやで言えなかったの。それで足を踏み外して、留年するほどの大怪我しちゃって。たぶん、その人は自分のせいだと思ってる。そうじゃないってずっと伝えたかった」
 意識が朦朧としてきて、話がよく理解できない。曖昧な返事をするのが精一杯だ。
「誰にも彼と一緒だったと言わなかった。二人だけの秘密の場所にしたかったから。でもいつまでも独り占めはもったいないと思っていたの」
 目を開けているのも億劫で瞼を閉じた。花火が打ち上がるたびに、瞼の裏が明るくなった。ハナの見ている花火もこんな感じなのだろうか。
「あなたと来れてよかった。あの頃の方が見えていたけど、今夜の花火の方が綺麗な気がする」
 僕はいよいよ体を支えきれなくなって、重心が傾いでいくのを感じた。半身がやわらかいものに寄りかかった。ハナの肩だ。意識の果てでそう思う。
「やだ、眠いの?」
 ハナの笑いを含んだ声が心地いい。
 ドォーンと一際大きな音がして、大輪の花が咲いたのがわかった。光の粒がぱらぱらと散る音がする。
「わあ!」
 意識を手放す直前に、ハナの笑顔が見えた気がした。

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