小説

『花が咲きますように』霜月透子(『花咲かじいさん』)

 サチとは大学からの付き合いだ。付き合いといっても、恋人としてのそれではない。少なくとも僕はそう思っている。サチとはよく一緒に出掛ける仲だ。考えようによっては友達以上恋人未満の関係といえないこともないが、これまでどちらかが告白したなんてこともないし、やはり友達なんだろうと思う。
 ただ、戸惑うことはある。たとえば、酔うとキスをしてくるし、帰りが遅くなると僕の部屋に押し掛けてきてそのまま泊まっていく。
 そんな時は少しだけ、もしかしてと思う。サチの方は恋人のつもりなんじゃないかと。だけど、それを確かめるのも気まずくて、はっきり否定したことはない。
 ああ、僕はいつもそうだ。言わなければならないことを言えない。あの頃から変わっていない。十年経ってもまだ僕はハナに謝ることさえできていないんだ。謝るとまた向き合うことになるのが怖くて、ハナから逃げた。この街から逃げた。
 だけど、今日、ハナの姿を見かけて決心した。ハナに会おう。ちゃんと償おう。

 
 その気になればすぐにでも会えるはずだった。けれども、実際はそう簡単にいかなかった。
 卒業アルバムの住所録にあるハナの住所を尋ねてみると、建物名が異なっていた。どうやら当時は賃貸アパートだったらしく、そのアパートはこの十年の間にマンションへと建て替えられていた。
 そうとわかった瞬間、あろうことか僕は安堵した。
 ハナに謝ろうと決心したはずなのに、謝れない理由ができたことに安堵してしまっていた。
 そんな情けない自分を打ち消したくて、僕は週末になると実家の空気を入れ替えついでに、あてもないのにこの街を彷徨った。闇雲に歩き回ったところでハナに会えるはずもない。僕はこの期に及んでもまだ、僕自身に言い訳をしたかったのかもしれない。謝りたかったのに機会がなかったと。
 だけど、数打ちゃ当たるとはよくいったもので、何度目かの週末に機会は訪れた。

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