小説

『竹取り祭り』百瀬宏(『竹取物語』)

ミツキは嘘をつく子供を咎めるように急に真面目な顔をして私を見た。そう、彼女の言うことは正しい。私は花火で記憶を取り戻した。私とミツキは十年前に月からやって来た。それも地球を見たいという私の我儘で十年という期限付きで月からやって来たのだ。そして今日、この日に月に戻らなくては行けない。

「うん。思い出したよ。そうだよね、もう帰らなくちゃ行けないんだよね、、、でも、これ全部食べるまで居てもいい?」
本当は分かっていたんだけど、帰る時間を伸ばしたくてワザと食べきれない量のご飯を買って来た。冷めてしまった肉やお好み焼きはちっとも美味しくなかったけど、これが地球での最後の食事だと思って少しづつゆっくり口に運んだ。ミツキは困った顔をしたけど「花火大会が終わるまでですよ」と許してくれた。
「いきなり私たちが消えたら皆んなはどう思うかな?」
「私たちに関する記憶は皆んな消えます。初めから私たちはいなかったことになるのです」
私の記憶が十年間なかったのはそれを自分が望んだから。月の記憶がない方が地球での生活を楽しめると思ったから帰る日まで時間制限で記憶を消した。心配したミツキは私のお付きとして面倒を見ていてくれたのだ。

最後の花火

 最後の龍火の舞が上がって水面で乱反射した光がミツキの金髪を光で飾った。
「ミツキの髪、綺麗だよね。私、好きだな」
「月に住む者はこれが普通です。それより姫の黒髪の方が貴重ですよ。さあ、花火大会も終わりました。もう、行きましょう」
褒められて照れたミツキは困った顔で答えた。
「うん。ゆっくり歩いて行ってもいい?」
食べきれなかった食事をそのままにして、掬った金魚に目を落としてミツキを見ると彼女は静かに首を横に振った。月には地球の物を持ち帰っては行けないのだ。金魚を机に引っ掛けたまま十年前に私たちが初めて出会った竹林へと歩いて向かった。ミツキが率先して暗がりに分け入ると、林の中にはドラム缶の太さはある一本の竹がまっすぐ月に向かって伸びている。ミツキの言った月への乗り物だ。暗闇で光っている節の一つをミツキが開けると人が一人入る空間があった。
「では、支度を始めてください」
ミツキがお付きの者よろしく、私の服を脱がしにかかる。月には地球の物は何一つ持って帰れない。
「いいよ、服ぐらい自分で脱げるよ。それより、ミツキ、射的屋のお姫様セット本気で欲しかったんでしょ?ミツキ案外、子供ぽいとこあるからな」
裸になって、宇宙行きの竹の中に収まった。
「女の子は皆んなお姫様に憧れるのですよ。でも私はどうやら姫様のお側で見守る係のようですね」
揶揄われて恥ずかしそうに手際よく乗り物の準備を進めているミツキは嬉しそうだった。
「地球でモテまくってまんざらでもなかったんじゃないの?」
「何をおっしゃるのですか?あれは私がワザと目立ってお姫様に変な虫がつかないようにするカモフラージュ役ですよ。もう、二度とごめんです」
しつこく弄られて癪に触ったのか、準備をすっかり終えた彼女は乱暴にドアを閉めると最後に「行きますよ」と言って私を光の速さで月に送った。

「月から花火って見えるのかな?見えるといいな」
月へ行く途中、カプセルの中で独り言を呟いた。
私を乗せて一瞬だけ夜空に弾けた光は時間外の打ち上げ花火に見えたかもしれない。
 

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