そのマフラーは、晴生のおばあちゃんが巻いてあげたものなのかも知れない。きっと、地蔵と赤いマフラーの組み合わせが、晴生を育ててくれたおばあちゃんのことを思い出させるのだろう。地蔵の世話をし続ける晴生の気持ちが分かったような気がした。
よく見ると、お地蔵さんとおばあちゃんの顔はどことなく似ていた。
「園長先生。お地蔵さんのところに子供たちを連れて行かせてください」
秋吉の突然の申し出を、佳乃は快諾した。
秋吉は早速子供たちを引き連れて地蔵小屋に出かけることにした。
外に出られるというだけで、子供たちは大いに喜んだ。子供たちは小さなバケツや箒をもって、農道を一列になって進んだ。
今日の空は海に負けないぐらい青かった。
「あ、晴生兄ちゃん!」
晴生の姿を見つけた子供たちが地蔵小屋に向かって一斉に走り出した。晴生が驚いたように目を見開いてこちらを見ている。
子供たちは晴生に指示されながら、思い思いのやり方で掃除を始めた。晴生も嬉しそうだった。
「私のマフラー、お地蔵さんにあげたのよ」
自慢げに話す美里の声が聞こえ、秋吉は思わず皆に背中を向けてうつむいてしまった。
「秋吉先生」
名前を呼ばれて振り返ると、そこに晴生が立っていた。声の主は晴生だった。
「晴生!」
秋吉の顔がパッと輝いた。
無言だった晴生が自ら声をかけてくれたのだ。そのことが内に向いていた秋吉の心を前に押し出した。秋吉は地蔵の赤いマフラーに目をやり、大きく息を吸った。
「晴生、ごめん。先生が間違っていた。本当に悪かった」
晴生が戸惑ったように目を泳がせた。
「先生。あ、あの……、えーと」
「晴生、晴生、無理して言葉を探すな。ゆっくりでいい」
「みんなを、連れてきてくれて、あ、ありがとう」
ありがとう?
その言葉が秋吉の胸の中にしみ込んでいった。
こんなに素直な子を、よく考えもせず疑って傷つけてしまった自分を、秋吉は心の底から恥じた。
「先生に手伝わしてくれ。お地蔵さんの世話を。な、晴生。これからも一緒にやらせてくれ」
「うん」晴生は、恥ずかしそうにうなずいた。
美里が秋吉の腰を叩きながら、「ほら見て」と言った。
いつの間にか、地元の小学生たちが学園の子たちと一緒に草むしりをしていた。
そうこうするうちに、チャリンコ隊の中学生が自転車を下りてゴミ拾いを始めた。すると、通りすがりのおじさんやおばさんがそれに加わり、路肩に止めた車から下りて掃除を手伝う人まで現れた。
その人の列は、地蔵小屋を起点に青い空と緑の田んぼを突き抜ける道路に沿って、豆粒ほどの大きさになるまで、まっすぐに伸びていた。
その夜、疲れ切って熟睡する施設の子供たちのところに、善意の箱が届いた。お米や野菜や果物の他にも、絵本や古着やおもちゃまで子供たちの喜びそうなものがいっぱい詰まっていた。
園長の佳乃がそれらを取り出しながら、目元を拭った。
秋吉は気持ちを新たにして、前を向いた。「まだ、諦めるには早い。明日からもうひと頑張りしてみよう」
その後、新しくなった小屋の中では、お地蔵さんが優しく微笑んでいた。