姉は少し後ろめたそうに言った。二人が出会った当時、晃さんにも姉にも恋人がいて、晃さんは姉がつき合っていた男性の親友とまではいかない友人だった。晃さんの恋人だった女性は生まれつき片足に軽度の障碍があり、お互いが少なからぬ罪悪感を抱えたまま恋人のもとを去り、二人で生きる未来を選び取ったのだった。
「あの頃はとにかく必死だったの。覚悟を決める余裕も猶予もないまま。あの人たちを大切にできなかった分まで、お互いを大切にしたいと思ってきたの。今までずっとパパに大切にしてきてもらったの。これから一生かけてもお返しができないくらいに」
そう言って声を詰まらせた。私は姉の腕に触れながら言う。
「ずっと一緒にいてあげる。お父さんもお母さんも私も。もちろん子供たちも」
パパも。姉はそう言い加えて、指先で目元を拭った。
夕食を済ませた後に交代でお風呂に入った。子供たちからの要望で、五人で同じ部屋に寝ることになり、姉はやれやれと言いながら、二階の六畳ほどの部屋に布団を幾つか並べ、姉と私が子供たちを挟むようにして、私の隣には修君が寝ることになった。
姉がおやすみと言って、天井のライトを消す。子供たちはすぐに寝入ってしまい、姉も壁の方を向いて横向きになったまま、眠りについたようだった。しばらくすると私の意識も暗闇の奥へと遠のいていった。
翌朝、慌ただしく朝食を済ませた後に、修君は小学校へと歩いて向かい、姉は次男と三男を車で幼稚園に送り届けた。家に戻って来た姉と一緒に、居間や子供部屋の後片づけをし、洗濯物を二階のベランダに干した。
家事がひと段落すると、姉はお茶にしようよと言って、レモンティーが注がれたカップをダイニングテーブルの上に置いた。
「あの話のことだけど」
「私の結婚のこと?」
「超高速の話、いい譬えだなと思ったの」
どうしてあんな譬え話が頭の中に浮かんで来たのか、自分でもよく分からなかった。
「千絵もよく知っているでしょう、パパの性格。人に心配や迷惑をかけるのが嫌いで、うちのお母さんとかに些細なことをお願いするのにもすごく遠慮して」
「脳の回復に一番必要なのは睡眠らしいから、眠り続けることで闘っているんだよ。晃さんらしいじゃない」