小説

『友達リクエスト』山本(『因幡の白兎(鳥取県)』)

「わたしがその箱、あそこに置いたの。マウスピースやここの鍵も、もっ、持ってたの、わたしなの」
 チラッと目を動かしたが、みんなの顔は見られなかった。窓から差し込む陽の光に、自分の影だけが目の前に立っている。
「ご、ご、ご――」
「兎和はこっち側の人間なの。わたしたちの味方なの!」
 行こっ、と腕をつかまれ、兎和は八神さんと一緒に部屋を出た。
 その日から兎和はみんなを避けた。オケバンドのメンバーだけじゃない。クラスや塾の人たちとも口をきかなかった。電話もメッセージも避けた。運良くすぐに夏休みになり、受験に集中したいと部屋にこもる兎和を両親はむしろ歓迎した。

 卒業式が終わり、合格の結果を伝えに学校を訪れたとき、兎和は置きっぱにしていたクラリネットを取り出した。他のメンバーのものはもう既になくなっている。久しぶりに持ったケースがずっしりと指に乗る。手袋をしても冷たさが伝わってくる。
 旧校舎の周りは雪かきもされず、日陰のせいもあってまだ足首くらいまで雪が残っていた。自分のつけた足跡をたどり、職員室に戻ると鍵を先生に返す。正門を出たところで振り返ると、校舎の窓から身を乗り出している美琴がいた。美琴も兎和を見つめている。その場面だけは今でもときどき夢に出てきた。

 そこまで話し、兎和は鼻をかんだ。
 勇一が立ち上がり、レンジでホットミルクを作るとテーブルに置く。身体を寄せ、長い腕で兎和を包む。それを兎和はグッと押し返した。
「わたしは幸せに生きてちゃいけないんだよ。何もなかったみたいに。リクエストなんて、友達なわけないじゃん! きっとこれからわたしの人生を監視するために送ってきたんだ。アカウント見つけたよって。逃げられないよって」
「俺だったら……どうなんだろ」
 ひと口飲んで、勇一は「熱っ」とつぶやく。

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