小説

『友達リクエスト』山本(『因幡の白兎(鳥取県)』)

「あの人たちがどうぞって貸してくれたらいいんじゃない? それなら文句言われないでしょ」
「貸してくれますかね?」
 もう一度ドンッと音がする。今度は誰も笑わない。
 兎和も息を殺し、足を便座の奥へ隠す。
「貸してくれるよね?」
 声が大きくなる。
「出てってくれるんでしょ? 他のメンバーにもお願いしてくれるんでしょ? 兎ー和ーちゃーんーがー!」
 チャイムが鳴っている。でも兎和はしばらくトイレにこもっていた。遅れて教室に戻ると、「そろそろ遊び気分から切り替えろよ」と先生は模試の答案を返しながら早口で言った。
 湿った風がカーテンを揺らす。アマガエルの笑い声がする。教科書とノートを取り出し、ページを開きながら、兎和は自分の指が恐ろしいほど震えていることに気がついた。


 美琴たちには相談できなかった。他のメンバーなら兎和と同様、すんなり旧音楽室を貸しただろう。でも美琴は違う。相手が八神さんでもはっきり言う。それでもし事態が大きくなり先生の耳にでも入れば、次にターゲットにされるのは兎和だった。
 何もできないまま一週間が経った。
 ある朝、兎和が上履きに足を入れると、指先に何か冷たいものが当たる。思わずキャッと叫び慌てて足を抜く。転がった上履きから出てきたのはトランペットのマウスピースだった。「兎和ちゃん、おはよう」と八神さんが横を通り過ぎていく。その日の放課後、諏訪さんのマウスピースがないとみんなが旧音楽室を探す間、兎和は一緒になって探すふりをした。
 次の日、こっそりマウスピースを戻した兎和が旧音楽室を出ると、階段に八神さんたちが座っていた。来年取り壊しの旧校舎は午後になると新校舎の陰になり、冷たい風が吹き上げてくる。
「焼却炉にさ、持っていってよ」
 足元に置いた段ボール箱を八神さんは「はい」と兎和に渡す。中身を確かめる勇気もなく、兎和は階段を半地下の踊り場まで降りると、壊れた自転車や長テーブル、椅子などが積まれた隙間に押し込んだ。
 その数日後には上履きに鍵が入っていた。その日旧音楽室の鍵が紛失したと美琴たちは先生から注意された。別の日には折れたサックスのリードの束が入っていた。メトロノームの遊錘が入っていたこともある。何か最近おかしくない? とみんなは練習どころではなくなった。バレるのは時間の問題だった。
 その日、掃除当番だった兎和が遅れて向かうと、旧音楽室から声が響いていた。
「何言ってんの? だったら本人に直接聞いてみればいいじゃん」
 足を踏み入れると、ちょうど言い終わった八神さんと目が合った。みんなもさっと兎和に視線を向ける。美琴と八神さんの間にはあの段ボール箱が置かれていた。

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