小説

『女神』望月滋斗(『死神(落語)』)

 女神の言葉に、男は頭を掻きながら慌てたように答える。
「そうでした、そうでした。思い出しましたよ、肩ですよね、肩」
「もう、しっかりしてくださいよ」
「ところで女神さま、これから一緒にご飯でも行きません? 俺、朝から何も食べていなくて。腹が減っては軍(いくさ)はできぬってね。ナンパは軍ですから」
「は、はあ」
 女神は男の提案を渋々了承した様子で、首から外した白いスカーフを空に向かって振るった。
 次の瞬間、二人はレストランの席に着いていて、テーブルの上にはもうすでに豪勢な料理が並んでいた。

 その翌日、男はまたも天使が足にしがみついた女に声をかけた。
「あの、もしよければこれから一緒にお茶でもしません?」
 聞こえているはずなのに、女は返事をするどころか男と目を合わせようともしなかった。
「ほんの十分だけでも」
 女はスマホの画面から目を逸らすことなく、相変わらず男を無視し続けた。
「それじゃあ、せめて連絡先だけでも……」
「私、彼氏いるので」
 女はしびれを切らした様子で男を睨みつけながら、ぴしゃりと答えた。
 女がその場から立ち去り、またも女神が現れる。
「だ、か、ら、天使が肩に乗った女性に話しかけなさいと言ったではありませんか。まったくもう、何をしているんだか」
「ああ、またもうっかりしてしまいまして。ところで、今日は少し高いところからこの街を見下ろしたい気分なのですが、もしよかったら一緒に観覧車にでも乗りません?」
 女神は呆れたように溜息をついてから、いつものごとく白いスカーフを空に向かって振るった。

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