小説

『女神』望月滋斗(『死神(落語)』)

 
 女神は懐から鮮やかなピンクに色づいた一本のロウソクを取り出した。
「こちらの薔薇色のロウソクに、自らのロウソクに宿った火を移してみてください。そうすれば、あなたはこれから薔薇色の人生を送ることになるでしょう。薔薇色の人生とは、事が何もかも上手く運んで希望に満ちた人生。それはもうまさに夢のようです。特に、恋愛のことで困ることはまずありません」
 男は女神から薔薇色のロウソクを受け取った。そして、自らのロウソクの前にしゃがみ込むと、生唾をゴクリと飲み込んでからロウソクの先端を火に近づけた。
「ただし、自らの火を消してはなりませんよ。もしも消えてしまったら、あなたは死んでしまいますから」
 上から降ってくる女神の言葉に、ロウソクを持つ男の手は震えた。先ほどは自殺を図っていたのにもかかわらず、今となってはロウソクの火を消さないように慎重に息まで止めていた。
「つ、ついたあ!」
 永遠にも感じられるほどの長い沈黙の後、男が叫んだ。ついにロウソクの火を移すことに成功したのである。
「おめでとうございます。華々しい第二の人生の始まりです」
 男は立ち上がって女神の方へ視線を移すと、あることに気がついた。なんと、女神の右肩に、羽の生えた赤ちゃん──天使が腰かけていたのだ。
 何か言いたげな男の様子を察してか、女神は口を開いた。
「あ、もしかして天使がお見えになりました? 実は薔薇色のロウソクに火が灯りますと、その人には天使が見えるようになるんですよ。先ほど、恋愛のことで困ることはまずないと申し上げましたでしょ。それはなぜかというと、この天使が恋の手助けをしてくれるからなんです」
 男はぽかんと口を開いたまま、女神の説明に耳を傾け続けた。
「次の恋が成就するまでの間、この天使があなたにお供してくれます。そして、気になる女性が現れましたら、天使をその女性の元へ向かわせてみてください。飛んでいった天使がもしも女性の肩に乗った場合、その恋は必ず成就するということを意味します。ですから、とことんアプローチして結構です。一方でごく稀に、天使が女性の足にしがみつくことがあります。その場合、その恋が成就する望みは薄いということを意味しますから、傷つく前に撤退するのが良いでしょう」
「なるほど……」
 一通りの説明が終わると、女神の元にいた天使は男の肩まで飛んできてそっと腰かけた。

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