小説

『透明みたい』室市雅則(『不知火の松(神奈川県川崎市)』)

 
 バスが動き出すと同時に一年先輩の佐藤さんが隣にやって来た。
 佐藤さんは頭頂部が寂しいのに周囲の毛髪を伸ばしているので、落武者のように見える。ただし、肥満体型のせいで悲壮感はあまりない。
「お疲れー」
「お疲れ様です」
「悪いんだけどさ、明日のシフト変わってくんない? 明日休みっしょ?」
「そうですけど」
「なんか予定あんの?」
「えっと…」
「ちょっとこれがさ」
 佐藤さんは右手のぷっくりして短い小指を立てて、黄ばんだ歯を見せた。
「彼女さんですか」
「まだだけどさ。同伴お願いされちゃってさ」
 休憩時間の食堂では佐藤さんの大声が嫌でも聞こえてくる。それから察するに佐藤さんは水商売の女性に入れ込んでいるようだった。
「な、頼むよ」

「よろしくな」
 私と佐藤さんはバスを降りた所で別れた。結局、私は彼の願いを聞き入れた。気を良くしたのか、佐藤さんは喋りっぱなしであった。
 24時間営業のスーパーで缶酎ハイを2つ、ポテトサラダと6Pチーズを1パック購入した。食は細いので、これだけあれば十分だ。明日が休みならウイスキーも買いたかった。
 スーパーの袋をぶら下げて歩いていると夜通し飲んでいたと思しき若者たちがたむろしていた。植え込みをベンチにしている。男も女も気だるさとエネルギーが混じり合って楽しそうだなと見ていると、そのうちの一人の女性と目が合った。思わず目を逸らした。一瞬の間があって重なった笑い声が聞こえた。彼らの方を見ないようにして通り過ぎた。再び笑い声が響いた。

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