小説

『透明みたい』室市雅則(『不知火の松(神奈川県川崎市)』)

『せば』
 揺れるバスの中で誰にも聞こえないように小さく口にした。
 彼女と『せば』を作るには客として訪れるのが良いのだろうか。それとも『せば』が訪れる偶然に委ねるしかないだろうか。
 前者となれば確実だが良くも悪くも客は客だ。後者は場合によってはすぐに訪れるかもしれないが、確率は低いだろう。もし狙って作ったら気味が悪いかもしれない。
 バスがトンネルに入った。
 オレンジ色の照明が反射する窓ガラスに私の顔が映った。

「システムを起動しました」
「『せば』に僕はどうすれば良いんだろう?」
「分かりません」
 
 日付も変わり、いつも通りに時間が過ぎていく。
 もう少しで朝が来る。
「せば、せば、せば」
 口にして、そのリズムでタンクの階段を一段ずつ登る。
 階段の鉄と安全靴がぶつかる音にそれは紛れた。
 登り切って、空を見上げる。今日も夜と朝が重なって混じり合っている。
 煙突へと顔を向けようとした時、視界の端にハチゴのモニターのライトが点くのが見えた。その瞬間、爆発音が轟き、私は爆風と炎に包まれた。

「あの明かりがあれば、目印に泳いで陸まで帰れますよ」
「じゃあやってみて」
「え?」
「私、向こうで待つから。煙突から火が出なくなったら、自由の女神みたくこうやって火を持って待っとく。だから私の所まで泳いで来てね」
 彼女は左手を腰に当て、右手を掲げた。
「せば!」
 彼女はそう言って笑った。
 夜から朝に切り替わる時、空は最も暗くなる。
 今朝も人の営みの端っこが燃やされ、煙突から炎が噴き上がる。

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