小説

『透明みたい』室市雅則(『不知火の松(神奈川県川崎市)』)

 私のアパートは風俗店の隣にある。そのせいか場所が良い割に少し家賃が安い。
 その店、『竜宮城』の前に差し掛かると黒服の若い男性が玄関を掃除していた。玄関先には、春は鯉のぼり、正月は門松が飾られ、季節を感じることができる数少ない場所の一つとなっている。彼も私に気が付き、手を止めて顔を上げた。
「おはようございます。お帰りなさい」
「おはようございます」
「お兄さん、お会いするの久しぶりじゃないですか」
「そうですかね」
 彼は丸坊主で良い体格をしており、一見怖そうなのだが愛嬌がある。
「おはようございまーす」
 小柄な女性が彼の前に立った。
「おはよう。あ、お兄さん、新人の愛ちゃん。おすすめですよ」
 彼は愛ちゃんと呼ばれた女性が私の方を向くように肩を軽く押した。
「今、すっぴんだから」
 愛ちゃんは顔を手で隠し、指の隙間から私を見て会釈をした。
「可愛いでしょ? 遊んでからお帰りになりませんか? すぐに準備出来ますよ。ね、愛ちゃん」
「頑張ります!」
 二人のやりとりに私は会釈だけをして帰宅した。


「ただいま」
 無論、返事はない。家に帰って来たと自分に言い聞かせるための『ただいま』だ。ずっと閉じたままのカーテンが私を迎え入れた。
 シャワーを浴びた後、缶酎ハイの蓋を開けて、やっと一息つく。カーテンの隙間から差し込む光も先ほどより明るくなっている。
 ポテサラを口に運ぶ。今頃、ハチゴも充電という食事をしているのだろうか。もしハチゴがポテサラを食べたら何と言うのだろう。
 何をバカなことをと鼻を鳴らした。
 スマホを取り出し、適当にネットを眺めていると思いつき、検索窓を開いた。
 竜宮城、愛。
 ダメダメ。
 スマホを消して布団に潜った。そして、翌日の出勤時間まで、ゴミを出す以外は一歩も家を出なかった。

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