小説

『ひらいてひらく』小山ラム子(『鶴の恩返し』)

 さっきとはちがった目配せのように見えた。
「じゃあな!」
 新太が手をあげると、三人もぎこちない様子で手をあげた。
 沸騰した血液が、嘘みたいに静かになっていた。
 新太は姉を思った。
 姉が怒りを見せなくなったのはいつからだっただろうか。
 だけど、新太には姉の見せない怒りが分かった。姉は何かを我慢するとき、必ず両手をぎゅうっと握りしめる。それからパッとひらいて、何事もなかったかのような顔をする。
 新太はさっき、無意識に姉の真似をしていた。
「ただいま」
「おかえりー」
 リビングに入ると、姉が顔をあげて新太へと目を向けた。手にはスマートフォンを持っている。
『新太くんってちゃんと人の方に身体を向けて返事をするよね』
 そんなことを担任の先生に言われて、驚いたことがある。
『当たり前じゃないですか』
 と返すと、
『当たり前じゃないよ』
 と先生は言っていた。
『それが、すごくうれしいの。ありがとうね』とも。
「姉ちゃんって、ちゃんとこっち見て返事してくれるよな」
「ん?」
 姉が顔をあげる。新太と目を合わせる。
「だって、こっち見てくれないとさみしいじゃん」
 姉はきっぱりとそう言った。
 きっと、これが自分と姉のちがいだろう、と思う。新太は無意識に一番身近にいる姉をお手本にしていた。
 だけど姉は、自分がされて嫌だったことを相手にはしないように、とはっきりと意識してやっている。そうやって、一つ一つを身に着けている。
 本当によかった、と思う。
 姉が側にいてくれて本当によかった。

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