小説

『俺だって、強い。』真銅ひろし(『桃太郎(岡山)』)

 桃太郎は真剣な眼差しでこちらを見つめる。
 鬼退治・・・。
 確かにどこか頭の片隅にはあった。そのために剣術をやってきていたのだし、この村が何かあった時守るのは自分だとも思っていた。
 しかし、それはあくまで鬼が攻め込んで来た時だ。
「・・・。」
 だからこっちから攻め込むなんて考えたこともなかった。
「一人で倒せるつもりか?」
「分からない。でもやらないといつか不意を突かれてやられてしまう。」
「・・・。」
「大丈夫。さっきはああ言ったけど、いままで40年近く攻め込んで来なかったんだからきっと僕が行ってる間は攻め込んで来ないよ。」
「は?何言ってんだ。俺がビビってるみたいな事言うなよ。平気だって。鬼が来たって俺がすぐに蹴散らしてやるよ。」
「頼もしいね。」
「そんな事よりお前の方が心配だ。一人で本当に大丈夫なのかよ。」
「うん。僕は強いから。」
 桃太郎はニコッと笑う。
 それは強がりや嫌味な笑顔ではなく、とても安心を与えてくれる笑顔だった。

 桃太郎が鬼退治に行く事は直ぐに村中に広まった。
「桃太郎、無理しちゃダメだぞ。危ないと思ったら直ぐに帰ってくるんだぞ。」
「分かった。」
桃太郎のお爺さんもお婆さんも涙をこらえて見送った。
当然始めはみんな止めだが、桃太郎の決意は変わらなかった。
「・・・。」
 本当に一人で鬼退治に向かってしまった。村の人達は何人かで行った方が良いと進言したが、「一人でいい。」と最後まで譲らなかった。
「・・・。」
 このままでいいのか?今ならまだ間に合う。追いかけて行って一緒に鬼退治に行くのが男として正解だろう。
 でも、気持ちとは裏腹に足が動かない。
 俺は村を守らなければいけない。桃太郎と約束したのだ。
 この村に再び鬼が来たら俺が村の人達を守るって・・・。
 そう自分に言い聞かせた。

 桃太郎が行ってから三ヶ月が経とうとしている。
 生きているのか、死んでいるのか、全く分からない。
「もしかしたら鬼にやられてしまったんじゃないだろうか?」
 こんな噂をする者も陰で出始めた。
「一人でなんて行くからだ。いくら強いったって一人じゃな。柿次郎だっているし、年だけど道場の先生だっているんだ。みんなで行けばもしかしたら倒せたかもしれないのにな。」
「おい。」
 勝手な憶測を耳にすれば注意した。そういった事は例え憶測でも聞きたくなかった。
「・・・。」
 けれど村人の不安も分かる。これだけ待って帰って来ないのはもしかしたらもしかするのかもしれない。
 でも、そう簡単に桃太郎がやられるとも思わない。

1 2 3 4 5 6