小説

『いきものたちの恩返し』白波瀬海渡(『貝の恩返し(佐賀県)』)

 チヨは暗闇の中で震えあがった。
「キャー!」
そして再び、もの凄い音が響く。
「メリメリッ」
 部屋を囲んだ板にヒビが入り、太い柱も曲がり、空いた隙間から光が差し込んだ。
 チヨはそこから外を覗くと、見えたのは得たいの知れぬ巨大な緑の物体だった。
 さらにメリメリと板が音を立てて折れ、隙間が広がると、現れたのは巨大な蛇。ぬめぬめした深い緑色の肌、細くてニョロニョロした赤い舌が大きく動く。その見たこともない光景にチヨは叫び声をあげた。
「キャーばけものー!」
 弥助も声を枯らして叫んだ。
「チヨに何すっんじゃ、やめれー!!」
 と、次の瞬間。
 何が起きたのか、屋敷の周囲を七周半ぐるぐると巻いた巨大な蛇は、動きを緩めた。
 そして、緑の肌はみるみるうちに黒くなっていく。
「シューッ」
 蒸気が抜けるような音がして、大蛇は完全に動きを止めた。黄色く光っていた目も生気を失い、やがて黒く色落ち、大蛇は完全に果てた。弥助が近寄って大蛇の肌をみると、なんと黒く見えたのは、無数の小さな巻き貝だった。
「はて、巻貝ん大蛇ば倒してくれたんか。なんとありがたか。ばってん不思議なもんじゃ」
 しばらくすると、大蛇は、シュルシュルと小さくなって、やがて消えてしまった。
「お父ちゃん!」
 板の隙間から這い出たチヨが父に抱きつき、二人は互いに涙を流して無事を喜んだ。
 しかし、生まれ育った家は潰されてしまっていた。
「仕方なかよお父ちゃん」
「ああ。ばってんもう家ば建て直す金もなかけん。困ったのぉ。」
 少し離れた場所にある納屋だけが唯一残っていた。納屋の藁の上で一晩を明かすことにした弥助とチヨ。翌日、トントンという小気味いい音で目を覚ました。
 なんと、朝から300人近い人達が瓦礫を運び出し、また、新しい木材を運びこみ、釘を打っている。
 二人は目を丸くした。
「家ば再び建ててくれとるんやろうか」
 働いてくれていたのは使用人たちと村の者たち、それに加え初めて見る顔の男たちも大勢いた。
「長者どんとチヨさんな、休んどってくれん」見知らぬ顔の男が切り株を2つ持ってきて座らせた。
 どんどん家はできあがる。
「ちかっときとくれ」弥助は使用人の小次郎を呼んだ。
「あん知らん人たちはどこから来たんかね」
「隣村やて言いよりました」
 夕刻には畳も中に入れられ、日が暮れる頃には、元の屋敷と全く同じものができあがった。
 弥助は感謝にむせび泣いた。

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