「誰でんよかろうが。お前さんはここから見えるあの田んぼ一面に水を張りたかと?おいがそん願いば叶えてやらんでもなかぞ」
「本当か?」
「ああ、本当や」
男の眼が、キラッと光ったように見えた。
「ただ一つ条件ばあっぞ。娘んチヨばおいによこせ」
「・・・それは、できない相談じゃ。でも、あんたが望むもんなほかに何でんやるけん、それでどがんね」
「いや、娘以外はいらん。ニヒヒ」今度は確かに男の目の奥が黄色く鈍く光った。
あくる朝、朝日と共に目覚めた弥助は、田んぼの様子を見に行って驚いた。なんと半分近くの田んぼに、水がいっぱいに貯められていたのだ。
「どがんしたことかいな・・・これは。夜に雨が降らしたんじゃろか!?それにしてん、めでたしめでたしじゃ」
弥助が大喜びでいると、クスノキの陰から、昨日出会った男がすっと現れた。
「何ば寝ぼけたことば。こりゃあおいがやったとたい」
「そんな、どがんして」
「やり方なんてどがんでんよかろうが。いま田んぼに水ん張られとーことが大事じゃろが」
「そうばい。礼ば言う。あいがとう」
「分かればよか。なら、約束通り、あんたんとこん娘ばもらうぞ」
「おっと、そればっかいは、ちと待ってくれ。娘には先に伝えておかんばならん。そしたら、夕方に家に来てくれんか」
弥助は一足飛びで家に戻った。チヨは茶の間で縫物をしていた。
「チヨ、チヨ!縫物なんてやめて、とにかく奥ん部屋へ行け」
「どがんしたんよ、いきなり」
「チヨば今から奥ん部屋に閉じ込むっ」
「何言いよっと、日照り続きでどうかしてしもうたと?」
「あいつがチヨばよこせといってきたんじゃ」
「あいつ?」
「目ん奥ん黄色か男や。おいはちかっとまずか予感がすっ。きっとあいつは妖怪ぞ」
「妖怪?そがん訳なか」
「ええい、どがんでんよか。もうとにかく、チヨは奥ん部屋さ行け!」
弥助は、大工の若い衆を呼んでチヨの部屋を板で囲むように頑丈に釘を打ち付けた。
「何があってん出てきたらいけんぞ」父は怒鳴るような大きな声でチヨに言った。
部屋は暗闇と静けさに包まれた。チヨは、どんな恐ろしいことが起こるのか身震いした。
すると。
突然天地が避けるような音が暗闇に響き渡り、地面がゆさゆさと揺れた。
「バリバリ」「メリメリ」