小説

『大きなつづら、小さなつづら』小山ラム子(『舌切り雀』)

 僕が岡田にそう言うと、倉崎さんが顔を上げて僕を見た。
「それ、里中さんが言ったの?」
「いや、適当に言っただけ」
 しまったと思い、とっさに嘘を言う。今の流れで言うべき言葉ではなかった。
「ふーん。じゃあ波多くんは、里中さんがそんな調子いいこと言うような男と付き合っちゃう子だって思ってるんだね」
 続く倉崎さんの言葉には、引っ掛かるものがある。だけど、今のはそう取られても仕方がないかもしれない。
「僕の言い方が悪かった。里中さんのことそんな風に思ってないよ」
「あっ、そ」
 倉崎さんはふいっと顔をそらして、本の続きを読み始めた。気まずい空気が流れ、どうしようかと思っている僕の腕を岡田が引っ張る。
「のどかわいた! なんか買いに行こうぜ!」
「え? いや、別に僕は……」
「おごるって!」
 岡田は強引に僕を廊下へと引っ張って、小走りに部室を離れてから小声で言った。
「なんだろうな。倉崎さん、里中さんのこと嫌いなのかな」
「え? いや、僕のことが嫌いなんじゃない?」
「いや、それはないだろ」
「里中さんが嫌われるほうが変だって」
「なんでだよ。女子のことはよく分かんねーぞ」
「でも」
「でも、なんだよ」
「僕のほうが好かれる人間じゃないのはたしかだよ」
 岡田や里中さんは、きっと人に好かれる価値のある人達だ。素直で明るくて、だけど周りもちゃんと見れる。
 教室での里中さんは、僕の目にはいつも眩しく映っていた。
「じゃあ俺はどうなんだよ。お前と一緒にいるけど」
「岡田は優しいから」
「アホ! 俺だってちゃんと人選んでるわ!」
 岡田はくるりと背を向けて、自動販売機にお金をいれた。ガコッと出てきたあたたかいお茶をそのまま僕に押し付ける。
「え、なに?」
「俺の優しさはこんな感じ! あったかいお茶押し付ける、みたいなさ。でも、お前みたいにはできないんだよ。さっきもさ、倉崎さんに嫌なこと言われても、ちゃんと堪えたじゃん。俺だったらきついこと言い返してたと思う。多分、俺のこと優しいなんて言うのお前くらいだよ。結構カッとなりやすいし。ちゃんと言葉を選ぶ波多は優しいよ」
『波多くんってさ、小さなつづらみたいよね』
 台本が完成したあの日に、里中さんに言われた言葉を不意に思い出す。
その意味がもう少しで分かりそうだった。
「そういうとこ本当尊敬してんの」
「えっ、ああ、うん」
「俺真面目な話してるんだけど!」
「あ、ごめん。茶化したわけじゃないけど……でも、僕達は一体なんの話してるんだろうね」
 おかしくなって思わず笑うと、岡田も笑っていた。お茶のキャップを外して一口飲む。苦くて優しい味が広がっていく。
「あのっ!」
 後ろからした声に、岡田と同時に振り向く。そこにいたのはジャージ姿の里中さんだった。
「ごめん。話聞こえちゃって。あのね、わたしも岡田くんの言ってることよく分かる。最初に図書室で話したときさ、わたしの話したことにダメ出しとかせずに聞いてくれたよね。一人で考え込んでるわたしのこと、呆れないでいてくれたよね」
「え、むしろ引き受けるだなんて里中さんは優しいなって思ったよ」

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