小説

『大きなつづら、小さなつづら』小山ラム子(『舌切り雀』)

「ありがとう。でも、波多くんがいなかったら完成しなかっただろうし、逆に先輩に迷惑かけてたと思う。だから、わたしそんなに優しくないんだ。大きなつづらの話をしたの覚えてる?」
「大きなつづら?」
 岡田が、思わず、といった感じで口を挟む。里中さんは「あのね」と言って、岡田ではなく僕を見た。
「あの話をしたとき、前に付き合ってた人のことを思い出してた。よく知りもしない内に、見た目のかっこよさや表面的な言葉だけで相手に選んじゃった。大きなつづらを選んだわたしは、優しくなんかないんだよ。ただ弱いだけなの」
 僕がぽかん、としているのが分かったからか、里中さんは慌てたように「あ、ごめん! えっと、だからね!」と気を取り直すように姿勢を正した。
「波多くんの方が優しいよ」
『小さなつづら』の意味が、ようやく分かったような気がした。
「だから、小さなつづら?」
訝し気に岡田が僕を見る。その一方で里中さんは「ごめん! 練習中だから!」と走り去ってしまった。
「え、なんだよ、つづらって。舌切り雀の?」
「うん。詳しくは言わないけど」
「なんだよそれ!」
 大きなつづらが、見せかけだけの優しさを示すのだとしたら、小さなつづらは、本当の優しさを示すのだろう。そして、里中さんは僕のことを小さなつづらだと言ってくれた。
 でも、それを言ったら里中さんだってそうだ。だって、今僕はこんなにもうれしい。僕を優しいと言ってくれた里中さんだって、絶対に優しい。
 大きなつづらを選んだという自分を優しくないと言った里中さん。でも、物語とちがって僕達は何度でも選べるではないか。
「岡田、いつもありがとう。お茶おごるよ」
「え?」
目を白黒させる岡田に自動販売機で買ったお茶二本の内の一本を押し付ける。
これから里中さんにもお茶を差し入れて、ありがとうと言ってこよう。あたたかいお茶を押し付けるような優しさも、素直に言葉にして言ってくれるような優しさも、両方僕は好きだから。

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