全て話し終え、沈黙が訪れた。何度か猫が暇そうに鳴いた。俺はずっと項垂れていた。マチコには俺の頭頂部の皿がよく見えることだろう。彼女はこの姿を見て何を思うのか。この場を一刻でも早く去りたかったがカッパのままでは外に出られない。
「・・・十二時間くらいこのままなので、とりあえず人間に戻るまでここに居させてほしい。この姿が気持ち悪いなら、玄関でもいいから。そして、今日のこのことは忘れてほしい。俺、会社辞めるし、二度と顔を見せないから。お願いだから忘れてほしい・・・」
俺の目から熱いものが溢れ出て頬を伝い、ぽとりと床に落ちた。マチコが口を開いた。
「好きなのに、忘れられるわけないじゃないですか!」
ふと頭を上げてマチコの目を見た。その目にも涙が溢れていた。
「確かにびっくりしたけど、カッパかどうかなんて、もう好きになったら関係ないんです。ちょっと頼りないけれど、困ったら助けてくれる。私が近づくと突き放すのに、寂しそうにする。そんなあなたが好きなんです」
「でも、カッパ男だよ・・・」
「私にしてみれば、可愛いですけど。その皿とか水掻きとか。あばたもえくぼ、ってこういうこと?」
「ありがとう・・・」
俺は思わずマチコを抱き寄せた。マチコからはキュウリの匂いがしたが、それすら愛しく思った。猫がミャーと鳴いてマチコにすり寄った。
それから二十数年経って、あの日が来た。
「ねぇ、あの子、どんな反応するんだろうね」
「信じられない、って顔して反発するだろうな。俺みたいに。大丈夫かな?」
「大丈夫よ、だって私たちの子よ」
「・・・そうだな、あいつなら絶対大丈夫た」
マチコと二人顔を見合わせた。足元の老猫が構って欲しそうに鳴く。息子が帰宅する声が聞こえた。