1 悪夢の誕生日
あれは忘れもしない、二十歳を迎える誕生日の日だった。
リビングに入ると色鮮やかな出前のお寿司が目に飛び込んできた。三人で食べるには多いぐらいの量だ。明日は休みだから、余った分は明日に回すのかもしれない。
「おかえりなさい、お誕生日おめでとう。パパと先に始めちゃってて」
台所から母の声がする。リビングの父はTシャツ姿で寛いでおり、既に赤ら顔だ。
「二十歳、おめでとう。今日からお前もお酒飲めるな。ほれ、ビール」
俺が着席するなり父はビールを注いで渡してくれた。ほろ苦いビールの味は大人の味だった。
お寿司はみるみるうちに減っていった。我が家の祝い事は寿司が多い。父が寿司好きだからというのが理由なのだが、何故かかっぱ巻きだけは苦手だと言って食べない。俺は好きでも嫌いでもない。よって、重箱の片隅で最後まで寂しそうにしているかっぱ巻きを最後にいただくのが俺と母の仕事だ。この日もかっぱ巻きは残っており、俺の箸が伸びようとしていたその時、父に止められた。
「かっぱ巻きはちょっと待ってくれ、それについて大事な話がある」
酔っている人間とは思えないくらいしっかりした口調と顔つきで父がこちらを見ていた。。緊張感が走り、俺の頭の中では、一瞬のうちにいろんな考えが過る。
もしかして、このかっぱ巻きは特別なのか。希少価値の高いキュウリが使われているのか。それとも、実はかっぱ巻きが好きになったので俺に食べられたくないのか。考えても父の意図するところが分からない。
「このかっぱ巻きがどうかした?」
「かっぱ巻き、というかキュウリなんだ」
ますます意味が分からない。父は酔いすぎて頭がおかしくなってきてしまったのか。
「だから、どうしたの。意味が分からないよ」
一瞬の沈黙の後、父が意を決したように告げた。
「・・・信じられない話かもしれないが、お前は今日から、キュウリを食べるとカッパになるんだ」
父によれば、うちの家系の長男は二十歳過ぎたとたん、キュウリを食べるとカッパになる呪いがかけられていて、これは死ぬまで一生解けないらしい。あまりにも非現実的な話に俺は阿呆らしくなった。
「お前も信じられないよな。俺もじいちゃんに初めて聞いた時には信じられなかったよ。どうやら、岩手のじいちゃんのじいちゃんが、子供の頃カッパと相撲を取った時に猫だましを食らわせてだな、カッパが怒って呪いをかけたんだそうだ」
「何言ってんの、エイプリル・フールはまだ先だよ」
「証拠を見せるしかないか」