小説

『カッパ男』後藤由香(『河童伝説(日本全国)』)

 翌日出社すると、隣の席に小柄で長い髪の女性が座っていた。男性だと思っていた新人は女性だったのだ。
「おはようございます。今日からお世話になります小川マチコと申します!」
「お、おう、よろしく」
「私、何でもお手伝いしますので、何でも言ってください。早く一人前のプログラマーになりたいんです。ビシバシご指導よろしくお願いします!」
 マチコは深々と頭を下げた。マチコの漲る気迫に推され俺は、「はい」としか言えなかった。「どうせ最初だけだろ、とにかく最低限しかかかわらないようにしておこう」と、改めて俺は自分に誓った。

 俺の意図に反して、マチコは積極的に俺とコミュニケーションを取ろうとしてきた。その度、俺はやんわりと一線を引くようにしていたのだが、マチコは易々とそれを飛び越えてきた。俺にまとわりついてくる姿は犬のようだったが、マチコが飼っているのは猫だそうで、そのギャップがなんだか俺には面白かった。
 その並外れた積極性のおかげか業務覚えも速く、俺が貸したプログラミングの本について、マチコがよく質問をしてくるようになった。簡単な質問ばかりで何故マチコが聞いてくるのか不思議だったが、普段はしっかりしているマチコが「分からないんです」と甘えてくる姿が段々と可愛く思えてきた。遂には俺の夢の中にマチコが出てくるようになり、気付いたらマチコのことを意識するようになっていた。

 
3 ハプニング
 
 ある日の午後、マチコが神妙な顔つきで相談してきた。
「あの、ちょっと相談してもいいですか?」
「うん、どうしたの?」
「あの、実は、キャットタワーのセットを買ったんですけど組み立てられなくて困っているんです。私、工作が苦手で。もしご迷惑でなければ、家に来て組み立てを手伝って欲しいんです」
 俺は一瞬戸惑った。これまで業務の相談が主だったのに、ハードルが高い。断ろう。
「・・・俺より、彼氏とか男友達にやってもらいなよ」
「彼氏も男友達もいません!」
 マチコがすごい勢いで否定する。
「あ、大きい声出してごめんなさい。猫がストレス溜まっているみたいで早く組み立てたくて。ダメでしょうか?」
 上目遣いでマチコが俺を見る。まるで捨てられた子犬のようだ。我ながら情けないが、俺に断る選択肢はもうなかった。猫のストレスは俺には関係のない話なのだが、

 蝉の声がうるさい週末の昼下がり、マチコの家のインターホンを押した。はぁい、と声がしてドアが開くとそこにはTシャツにジーンズというラフな格好をしたマチコがいた。普段の職場とのギャップにドキリとしたが、「自分はキャットタワーを組み立てに来ただけだから」と心の中で唱え、玄関に上がった。マチコの足元には猫がまとわりついていた。

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