小説

『カッパ男』後藤由香(『河童伝説(日本全国)』)

 想定外にもキャットタワーの組み立ては難しいものではなく三十分ほどで完成した。隣で見ていたマチコは感嘆の声を上げた。これ以上長居してマチコに踏み込んではいけない。俺は腰を上げた。
「じゃあ、俺はこれで」
「もう帰るんですか。せっかくだからお茶でも飲んできませんか」
「でも女性の一人暮らしの部屋に長居するのはちょっと・・・」
「外は暑いからもう少し休んでいってくださいよ」
「・・・ではお茶だけ飲んでお暇するよ」
 俺が腰を下ろすと、マチコが膝の上の猫を下ろして立ち上がりキッチンに向かった。この1Kの小さな空間に、俺とマチコと猫。テーブルの上には俺が貸した本。なぜかとても心地よく感じた。

 五分もするとマチコがグラスをふたつお盆に乗せ、俺の隣に座った。
「こちらどうぞ。特製の緑茶です」
爽やかな薄緑色の液体の中に氷とライムが浮かんでいた。グラスの冷たさで喉の渇きを思い出した俺は、一気にそれを飲み干した。しかし、その時、異変に気付いた。
「うっ」
「どうしたの?」
「これって・・・」
 俺は改めてグラスの中を覗いた。そこにいたのはライムと、巧妙にライムに偽装しているキュウリだった。俺はマチコの顔を見る。
「あ、これ、ライムとキュウリのお茶なんです。この前ネットでレシピを見て試したら美味しくて」
 マチコが美味しそうに一口飲んだ。誰なんだ、そのレシピを開発した奴は。怒りがこみあげてくると同時に、俺の指は末端からムズムズし始め、皮膚の下から緑色が徐々に上がってきた。
「見ないでくれ!」
 叫んだがもう手遅れだった。あっという間に緑色が身体を覆い、背中からは甲羅が生え、後頭部には皿ができた。
「えっ!」
 マチコが大きい声を上げ、近くでウトウトしていた猫がビクッとした。
久しぶりの変身は最も見られたくない人に見られてしまった。もう終わりだ。絞り出すようにして声を出す。
「・・・俺、キュウリを食べるとカッパになるんだ」
 俺は観念して、カッパ男であることを告白した。この憎き呪いについても話した。マチコは静かに俺の話に耳を傾けていた。質問するでもなく、否定するでもなく、ただ聞いてくれた。全身がカッパ男に変身した俺を見てマチコはどんな顔をしているんだろう。怖くて顔を上げられなかった。

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