小説

『段ボールの獅子頭』平大典(『屋台獅子(長野県南信州地域)』)

 一番手が込んでいるものでは、竹材を細かな籠目状に組み上げたものがあった。
 和葉は僕の問いに答えることなく、目を細めていた。
「サトシくん」妻が僕に声を投げてきた。「これは本気だよ」
「かもしれないな」
「屋台の作り方って知っているの? 消防とかで」
「消防団で屋台を作るわけないでしょ。まぁ、祭りに参加しているOBとかに聞いてみるのも手だけど。そもそも、どこで作ってんのかな」
「そりゃ、みんなでハンドメイドでしょ」
「あんなの、素人にできないでしょ。業者じゃないのかなあ」
 しょうもない会話をしている二人を尻目に、和葉はむむぅと唸った。

 
 異変があったのは、次の日、月曜日の夕方だった。
 僕は仕事帰りに地元の大型書店に寄ってから帰宅した。
 写真やイラストで、獅子の舞い方が載っている郷土史の本を購入したのだ。屋台の制作方法まではさすがに載っていなかったが、和葉御 大としても舞い方がわかるだけで十分満足するだろうという読みだった。
 本を早速読ませてみようと思ったが、リビングにいる和葉は不機嫌な様子だった。
 いつもは作品が出来てから飽きるまで、家に帰って来ると、じーっと作品を眺めているのが通例だ。だが、和葉は昨日作ったばかりの獅子頭を見ようともせずに、ソファーに座ったまま、テレビの画面をにらんでいる。
「和葉、どしたんだ」
 僕が声を投げたが、和葉は反応しない。
 同じく仕事から帰ってきたばかりの妻が僕に寄ってきて、耳元でささやく。
「サトシくん。もしかして、なんか学校でともだちになにか言われたんじゃない」
「なんで」
 妻は眉間にぎゅっと皺を寄せた。
「察するに、おまえに獅子舞なんかできるわけないみたいなことを」
「それで不機嫌ちゃんかよ」
 僕は一度唸ってから、和葉の隣に座る。
「和葉、どうしたんだ。なんか学校で言われたのか?」
 ふくれっ面の和葉は下唇を突き出していた。顔から悔しさがにじみ出ている。妻の指摘はおおむね当たっているのだろう。
「獅子舞、やらんのかい」
「……やらない」
 和葉はこちらを見ない。
「せっかく作ったのに、どうしてだ」
「やだ」
 それきり和葉は黙ってしまった。

 
 深夜のことだった。
 なんとなく目覚めた僕は、喉の渇きを感じた。隣では、妻がすやすやと眠っている。
 寝室を出て、一度和葉の部屋をのぞく。
 和葉も母親そっくりの寝顔で、心地よさそうだった。
 いい夢でも見て、不機嫌が直ってくれればよいのだが。
 扉をそっと閉めると、一階の台所へ向かい、水道水をコップ一杯飲んだ。
 喉が動く音がしんとした台所で響く。

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